主人公、次の面倒事への対処を進める 2
……これはまた、とびきりの面倒事が起きそうな感じがするなぁ。
彼との待ち合わせにいつも使っている酒場に入った瞬間に、こちらにぶつからんとするような勢いで酒場を出て行った――全く面識はないけれど見覚えのある特徴を備えた誰かの視線の色を思い返して。
女はこれから先の展開を思って吐息をひとつ吐いた。
●
彼を偶然見つけることが出来たからこそ始まった、同行していると言っていいのかよくわからない彼との旅は、予想していた通りと言うべきか、結構な数の面倒事を引き起こしつつ街から街へと移動する大変なものだった。
……もっとも、その原因の殆どが私だから文句を言おうにも言えないんだけどさぁ。
いやもう最初に彼を発見したときの面倒事の後で、自分でもかなり反省したつもりだったし、今後はもう二度と醜態を晒すまいと心の内で固く誓ってみたりもしたのだが。
人間の本質はそう変わらないとでも言うことなのか、彼と旅を始めてから引き起こしてしまった面倒事のうち、半分くらいは私が原因だった。
――事実は残酷である。凹む。
ただ、少しだけ言い訳をさせてもらうならば、それらの私が原因で発生した面倒事のうち、おおよそ半分は私の醜態が原因ではなく、王命もあってあえて巻き込まれたものであったということである。
ゼロではない、という時点で既に駄目だと自分でも思うのだけれど。
それはさておき。
なぜ王が彼をあえて騒動に巻き込むような立ち振る舞いをこちらに命じたのか、というのには当然ながら理由があった。
……わざわざ意図を説明されたわけでもないので私個人の推測でしかないんだけど。
私が思いつく理由はふたつあった。
ひとつはおそらく、彼の対処能力を把握するためだろうということだった。
彼は――もはや本当にそうであるのかは非常に疑わしいけれど――異世界からやってきた勇者である。
だから、この世界に存在する英傑と同等、あるいはそれを凌駕する何かを必ず備えているわけだが、彼についてはそれが何であるのか判明していない状態にあった。
しかし、彼が固有能力とも言うべきそれを把握しているかどうかはわからない上に、もしも把握している場合ならなおのこと、それを容易に悟られるようなヘマをしないことは明白だ。
ゆえに、余計な負担を押し付けることによって余裕をなくさせ、彼の能力を明らかにしようとした、というわけだった。
さらに言うならば、仮に彼の持つ能力の詳細がわからなかったとしても、騒動の程度から彼の物事に対する処理量の限度を知ることが出来るわけだから、やっておくに越したことは無いという判断だったのだろうと、そう思う。
――さて、そんな目的から始まった試みだったわけだけれど。
結果から言ってしまえば、この試みは成功半分失敗半分という形になってしまっていた。
私が騒動に巻き込まれる度に、彼はそりゃあもうしこたま文句をこぼしまくっていたものの、こちらを見捨てることもなく対応を続けてくれた上に、事態を一定の形で収め続けたからだった。
彼が行った事態への対応、その詳細について語るのは本筋から外れるので省略するけれど。
おおむね、加害者と被害者双方に一定の負担と利益を与える形にしていたようだった。
そして、彼がその状態に届かせるために彼が採った手段は――私が把握できる範囲の話でしかないが――褒められたものでは決してなかった。それは間違いない。
けれど、後ろ盾も何も無い個人が貴族やら裏社会の顔役やらとやりあって無事で居ようと思ったら、手段など選んでいられるはずもないのだから、それは当然の話だった。
……ぶっちゃけ、どこかで私が国の名前を出して事態を収めることになるだろうと思っていたし。
そうすることで彼に貸しを作る――それこそが、王が私に騒動を起こせと命じた最も大きな理由だろうと踏んでいたわけなのだけど。
……結局は、そんな事態になることは無かったのよねぇ。
彼は彼の能力だけで大小さまざまな事態をうまく収めてしまったがゆえに、彼がどの程度の物事まで対応できるかということはわかったが、一番の目的である貸しを作ることが出来なかったというわけだ。
――だから、成功半分失敗半分なのよね。
とは言え、身も蓋もない言い方になってしまうけれど、彼は元々捨てられた側の人間で。
それらの目的が達成出来ても出来なくても、私の生活に支障はなかった。
そもそも私に課せられた仕事における必達目標は彼の所在を把握しておくことであって、それ以外は努力目標でしかないのだ。
……少なくとも、報告書を送って支援金が途切れていない間はこの認識で間違いないはずよね。
本当のところはかどうなんだか、わかりはしないけども。
考えたところでどうしようもないことは考えないのが一番だろう、うん。
――まぁ随分と長くこれまでのことを思い返してしまっていたけれど。
つまりは何が言いたいかと言えば、若干命の危険を感じる場面はあったものの、それなりに快適な旅になりつつあったということを言いたかったのだ。
私がちょっとした騒動を起こし、彼がそれを解決すれば次の街に移動する。
彼は騒動を解決する過程である程度の利益を得ることができるし、私は仕事を果たしたことになるのでお金に困らない上にほどほどの贅沢をしつつ生活ができる。
これは楽な生活だ、なんて言うつもりは全く無いのだけど。
人間というのは良くも悪くも慣れる生物なので、二三ヶ月もこんな生活を続けていれば、これもありかなと、そう思える程度の余裕は出てくるものだ。
――ところが、人生というのはこれまた面倒なもので。
慣れたと思ったその瞬間にこそ、受け入れがたい変化というものが生じることがある。
今がまさにそうだった。
「――っ」
彼と定期的に落ち合うことにしている酒場に入ろうとした瞬間に、入れ替わるような形で飛び出してきた人影を衝突寸前で回避した直後のことだった。
危ないじゃない――そう言おうと苛立ち混じりの視線を、その人影に向けたと同時にわかったのだ。
――ああ、この生活はもう終わるのかもしれないなと。
その人影に見覚えは無かったが、それが身につけている装備のいくつかには見覚えがあった。
特に目を引いたのは、服飾の一部に見えた意匠だった。
それはこの国から少し離れた場所にある、国土に恵まれ人が多いだけの大きな国――そこで国の業務に関わる身分にあるものが好んでつける類のものだった。
……相変わらず、あの連中はお粗末な頭をしてるったらないわね。
現実逃避気味にそんなことを考えた後で、思考を切り替えるために吐息をひとつ吐くいた。
馬鹿が馬鹿をやるのは当たり前だ。
そんなことは、今更気にすることでもない。
ここで重要なことは、こんなところでそんなものを見る理由の方だった。
……そんなの、ひとつしか思い浮かばないじゃないの。
視線は自然と酒場の中へと向いていた。
「…………」
そのまましばらく色々と考えてみたけれど、
――確定した情報の少ない現状では判断のしようもないか。
そう結論付けることで思索を中断し、思考の熱を吐き捨てるように大きな溜め息を吐いてから、止めていた足を動かした。
向かう先は当然、酒場の中にいるだろう彼の座るテーブルだった。
「――さて、彼は何をどこまで話をしてくれるものなのかしらね」
扉をくぐると同時にそんなことを思わず呟いてしまったことに気付いて、さらに溜め息をひとつ追加した後で、酒場の中にある人垣に向かって一歩足を踏み出した。
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