主人公、次の面倒事への対処を進める 1
――このままのんべんだらりと過ごすのも、ありかと思ってたんだがなぁ。
彼は集めた情報から想像した今後の展開を思って、大きなため息をひとつ吐いた。
●
この国の王様が派遣した追手を同行させることになってから、そろそろ数ヶ月という期間が過ぎただろうか。
正確な日数を把握できていないのは、彼女と同行することになってから過ごした日々が苦労に満ち溢れていて余裕が無かったからだった。
――なにせ、当面の目標となる状態にまでコトを持っていくためには色々な仕込みが必要で。
その仕込みを行う作業自体がかなり負担の大きいものだから、ぶっちゃけ時間的な意味でも体力的な意味でも、自分の許容量はギリギリいっぱいまで使っていたわけだけれど。
そこに件の彼女が次から次へと巻き込まれたり引き起こしたりしてくれちゃう面倒事への対応が加わると、ただでさえギリギリだった許容量をあっさりと越える作業量になってしまうからだった。
……だからと言って後回しにするわけにもいかないのがな。
それらの仕事は、追加される作業量によって自覚している許容量を越えていようとも、為さねばならないものだった。
じゃあ普通にやったら出来ないことをやり遂げるにはどうするか。
――そんなのは考えるまでもないことだった。
結果として、通さなければならない無理を通すために休憩時間を削ることになるわけで。
つまり何が言いたいかと言えば――休む間も殆どないような状態で毎日を過ごしていれば、そりゃあ日数の感覚だって失ってしまうのも当然の帰結だろうという、それだけの話であった。
とは言え、収穫が全く無かったというわけでは決してなかった。
……それがかけた苦労に見合うものであったかどうかは、微妙なところだけども。
それでも、何も無いよりはわずかであっても得られるものがある方がいいに決まっている。
たとえどれほど損得の割合が大きく損に寄っていようとも、得られるものがあったのなら自分を納得させる口実に使えるからだった。
――人間というのは度し難いもので、存外簡単に、感情のままに判断して行動してしまうものだ。
現状において最も容易に思いつく悪手は、その場限りの感情で彼女を切り捨てて相手の反感を買い、この国の体制を敵に回すことだが。
これまでに引き起こされた騒動の中においてうまく立ち回って欲しかった情報などを得る、ということを心がけていなければ、そうしていた可能性も否定できなかったなと、今でも強くそう思っていた。
……もっとも、彼女を見限らなかった理由はそれだけではなかったが。
単純な話だけれど――彼女が考える頭を持ち、己の立場を弁えた上で行動できるまともな人間だったから、というのが一番大きな理由であった。
前述したトラブルメイカー的な迂闊さと相反する評価になるが、そこだけを除けば彼女は真っ当な人間だったから、一緒にいることを苦痛に感じなかったというのが大きかった。
現状における自分の行いと立場を考えれば、ある程度事情を知っている上で普通の会話が許される相手というのはかなり貴重なのだ。
少なくとも、これを失うくらいならば休憩時間を削って面倒事に対応する方がマシだと、自分を納得させられる程度には、自分にとって重要なものとなっていた。
……まぁ、つけあがられると困るから絶対に口にすることはないんだけどな。
だから。
これ以上ないほど疲れるし。
もう全部投げ出したくなることもあったし――いやもう本当に、そう感じていることの方が多かった時間であったことは疑いようもない事実なんだけれど。
なんだかんだでうまく回っている現状が、そのまま続くのもアリだなと思っていたりもしていたのだ。
――しかし、世の中というのはそううまく回るようには出来ていないものである。
彼女に発見された際の面倒事を皮切りに、彼女の起こすトラブルを利用してわざと派手に立ち回り、多くの人間を敵に回して勝ってきた。
勝ちすぎないように調整をした上で、わかりやすい利益と報復を企図した場合の損害を同時に提示することによって、相手が感情の面で納得できるように、そこで踏み止まるようにも工夫した。
そしてその上で、それらの情報を積極的に外に流し、"そういう人間"がこの国にいるということを認識させることによって、他の国の人間がこちらに興味を持つように仕向けた。
その気になればその殆ど、あるいは全てを気付かせないように処理できたにも関わらず、である。
――なぜわざわざそんなことをしたのかと聞かれたなら、全ては自分の目的を達成するためとしか答えようがないのだけれども。
今現在の状況変化に直結するような点を具体的に言うならば。
真っ当な判断ができる組織なら興味を持ってこちらの正体を掴もうと被害者から情報を集めた段階で手を引くだろうと考えているのと同時に――一部の愚かな権力者が安易な一手を打ってくれることに期待したからであった。
……誰も迂闊なことをしないのなら、それでもよかったんだがなぁ。
危ない橋を渡らなければ完済できない負債があった。
少なくとも、今の自分がそう感じているものがあった。
――ゆえに、利用できるものはすべて利用するのだ。
自らの倫理における善悪に頓着する余裕などありはしなかった。
そんなものは、全てが終わったと思える場面を越えた後で気にするべき些末なことだった。
「――それじゃあそろそろ、本腰入れて取るべきものを取りにいくかね」
仕掛けてくるなら返り討ち。
一番良心の痛まない流れで物事を進める折角の時機を逃さないように、自分の切れる手札の数と内容を今一度頭の中で確認しつつ宿屋の部屋を出て、とりあえずの目的地である酒場へと足を向けることにした。
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