主人公が自分の持っている力を周囲に知らしめる話
主人公、新しい勢力に目をつけられる
――現場と上の間にある温度差は、いつまで経っても埋まらんものだな。
これで何度目かわからない返却された報告書をテーブルの上に放り投げた後で、その男は溜め息を吐きながら肩を落とした。
●
――最近ある国の各地で大小様々な騒動が起こっているらしい。
そんな噂が聞こえるようになったのは、いったいいつからだったろうか。
……まぁその時期はいまだ定かではないし、そこを明確にすることにも意味はないのだが。
ここで重要となるのは、そんな噂が出てきたその国が、比較的治安がよく情勢も安定している国のひとつであるということだった。
……国の治安や情勢というものは、人間の性格と同じようなものだ。
一度ある状態で安定した後でそうそう変わるものではない。
つまり、そういった面を踏まえて考えれば、件の噂の内容と対象となっている国の印象がちぐはぐになっていた、という話だった。
……そもそも、世の中になにがしかの騒動が起こっていない瞬間の方が珍しいんだろうが。
その情報が国をまたいでまで伝わってくるとなれば、無視をすることもできないのであった。
さて、そんな経緯でもって、その噂の真偽を確かめるべく件の国に入ったわけだが――この仕事は想定していた以上に首尾よく進んでいった。
――噂となっていた騒動が、被害を被った側にとっては手痛い失敗であるにも関わらずだ。
そんな噂の真偽を確かめるという行為は、失敗や失態を他人から詮索されることに等しいはずで。
本来であれば、私の仕事は難航してしかるべきなのだが、今回に限っては違ったのだ。
なにせ、話を聞く相手となるその被害者たちが、こちらの訪問をあらかじめ想定していたかのようにすんなりと話を聞かせてくれたのだ。
――そんな状況で、仕事が滞るわけもない。
今回の噂において被害者となっていた彼らは、全員が全員、相当の立場にある人間であったが――こちらが面会を希望する理由を伝えると、通常であれば考えられないほど短い期間でその機会を設けてくれたのだった。
その対応の早さは、いっそ協力的ですらあったと言ってよかった。
結果として噂の真偽と実情、全貌は簡単に把握することができたし。
仕事がすんなりと終わった事実そのものは喜ばしい出来事であるのだから、落胆するということもなかった。
そうして彼らから話を聞き取り、事態を把握した結果として私が出した結論は簡潔なものだった。
――件の彼には関わるべきではない。
それだけである。
どうしてその結論に達したのか、その答えも簡単だ。
話を聞かせてくれた被害者たちが、言い方こそ違えどそう忠告してきたからに他ならなかった。
ある街のギルド長はこう言った。
「あらかじめ彼のような在り方を想定している者でなければ、立ち向かう機会すら得られないだろうよ」
ある街の貴族はこう言った。
「考え方の根底からして、彼は私たちと違うものだ。
全てが自分に帰結し、努力を続けなければならない状況に耐える――そんな精神を持つ相手に勝てる人間はそういないぞ」
ある街で裏の顔役と噂されるほどの権力者はこう言った。
「俺も色々とやってきたが、あれはとびきりだぞ。
躊躇ったり迷ったりしていても、それが最適であればあっさりと切り捨てる選択ができるんだぜ?
……そんな相手とわかっていたら、手を出したりはしなかったさ」
当然のことながら、彼らに話を聞くにあたってはこちらの身分を明らかにしていたから、私がどこの国の人間なのかは相手もしっかりと理解していたはずだった。
それはすなわち――彼らはこの国よりも豊かで人材も豊富な我が国の事情を知った上で、それを揮う機会は得られないだろうと、一様にそう言ってきたわけだった。
私も最初の内は彼らの話を真面目に受け取ったりはしなかった。
何かしらの被害にあった人間は、それらの経験をまるで世界の終わりのように大袈裟に言ってくるものであり、これもそうに違いないと、そう思っていたからだった。
――ただ、二桁にのぼろうかという被害者の殆どがそう言って来たとなれば話は別だった。
一定以上の権力や暴力を保有する人間たちが、揃いも揃って心が折られている様を見ればいやがおうにも実感した。せざるを得なかった。
――彼らは本当のことを言っていて、事実そうなる可能性が高いのだろうと。
もっとも、この実感は――納得は、彼らの反応を直に見たからこそ得られたものだ。
上役への報告においては、私の語彙力と権限が許す範囲において、可能な限りの事実と所見を記載した報告書を送付したけれど。
上の人間たちが寄越してきた返信の内容は、件の彼を捕まえて連れてこいというものであった。
私の上役、あるいはそれよりもっと上の誰かは、私が書き連ねた中止の上申よりも、権力者と争って無事でいる事実を見てそう判断したのだろうと、そう思う。
……私たちの国は、この世界において大国とよばれる国のひとつだからな。
普通に。
順当に。
当たり前の筋道で考えれば。
たとえその個人がどれだけ強い人間であろうとも、国という集団がその気になって動けば個人に敵
う余地などないと、そう判断してしまう気持ちはよくわかる。
ただ、それは国という集団がもっている群としての暴力を行使する時間が――猶予がある時に限った話であることを、彼らは忘れているに違いなかった。
常に周囲に喧嘩を売り続けている――文字通りに常在戦場の環境で過ごす相手には通用しない場合もあるのだということに、彼らは考えが及んでいないのだろう。
大国として揮うことのできる力の大きさを知っている分だけ、あるいは他の人間よりもその考えに至りにくいのかもしれないが。
……集団の力は確かに強力なものだからな。
とは言え、全ての物事が合図を待って動くわけではないし。
彼の扱っているだろう能力――暗示や催眠といった個人と個人の繋がりを容易に絶つことのできる術は、集団の力で敵うものではないのだ。
もちろん、相手を騙す能力に対して耐性を持つ者もいれば、あらかじめ遣ってくることがわかっていれば対策を立てることも不可能ではないのだろうが。
前者は集団の総数に比べれば圧倒的に数が少なく、いざという場面においては彼らの正しい意見を聞き入れることができない可能性もあり。
後者はそもそも仕掛けられる前に使わなければならないものである。
そして両者ともに、社会で生きる上で最も重要な最低限の信頼――その人となりという情報さえもあっさりと捨てるように、常日頃から他者を騙し誤魔化す術を使い続ける相手には届き得ないのだ。
……こんな相手がいるとは、それこそ想像のしようもなかったよ。
人間は自分を確かにするためには絶対に他人を必要とするものだと思っていたが、彼はどうやらそうではないらしい。
……そしてそうであれば、彼は勝つ負けるの次元で話が出来る相手ではない。
かの魔王や魔女を相手にする時のように、いかにこちらの被害を少なくしてうまく付き合っていくかを考えるべき相手だろうと、強く思う。
ただ、私が私と国のことを考えて何度も抗議を重ねても、上役たちの意識を変えることは終ぞ出来なかったようだった。
「…………」
今日届いた書面にあった内容は、私の帰還命令と代役の派遣を通知するものであった。
……今向かっているという私の代役は、私が送った報告書に記載された内容しか知らない人間なのだろう。
どこまで想像を働かせることができる人物であるかは、あまり関わりのない相手であったためにわからなかったが。
……おそらくは、これを命じた人間とそう大きく変わりはないのだろうな。
命令として出された内容に反抗できるほど、私は強い人間じゃないし。
こちらの忠告を聞かない相手がどういう結末を迎えようと、知ったことではなかった。
とは言え、彼が私の国を敵として認識してしまえば――彼が勝つ前提の話だから気分のいいものではないのだが――私と私の家族にとって最悪の現実が待っていることに変わりはなかったから。
「――願わくは、代役とそのほかの人間が妥当な判断をしてくれますように、だな」
決まってしまったことが覆らないのであれば、私に残された最後の手段は祈ることだけだった。
「……っ」
それでも、きっとそうはならないのだろうと、嫌な想像をしてしまった自分を誤魔化すために舌打ちをひとつこぼした後で。
私は国に戻るための準備を進めるべく、宿屋の部屋を出ることにした。
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