主人公、次の街に出発する
――さて、ここからどう持っていけばうまくあがれるかねぇ。
宿屋の受付から受け取った、同行者ということになっている女からの手紙の文面を眺めながら、彼はため息を吐いた。
●
あの国からの追手である彼女と再会してしまった故に始まった一連の面倒ごとも、なんとか一応の片がつき。
取り交わした約束通りに、次に向かう予定にしていた街へと彼女を送り出した――までは良かったのだが。
色々とやる事が増えてしまったせいでなかなか街を出ることが出来ず、ずるずると滞在期間が延びていき、音沙汰がないことに業を煮やしたらしい彼女からの手紙がこうして届いたのが今日のことだった。
……まぁ一月くらい待たされ続ければ誰だってそうなるか。
少なくとも俺が彼女の立場だったら間違いなくそうしているし。
なんならここに戻ってきて直接文句を言うくらいはしてもおかしくはないくらいなのだから、彼女の対応はまだ温厚な部類だと言えた。
もっとも、大人しいのは手段だけであって、届いた手紙の文面にはそらもう凄い勢いで文句が書かれていたわけだけれど。
それくらいは許容してやるのが出来る大人というものだろうと、そう考えることにして。
「…………」
溜め息をひとつ挟んでから思考の方向性を切り替える。
……流石に石橋を叩きすぎたかね。
考えるのはここから先の展望についてだった。
普通に考えれば悪手だろうギルドとの敵対も、すべては自分の望む展開に繋げるために必要な過程でしかないわけだが。
彼女に見つかってしまったことで少し思惑と異なる進行になりつつあった。
……まぁそもそも、世の中が自分の思った通りに進んだことないんだがな。
だから問題となるのはそのあと――思ったところに物事を持っていくために何をすればいいのかを考え、対応を進めなければならないという点にこそあった。
具体的に何をするのかと言うと、予想できる範囲の出来事については事前に対策と方針を予め決めておき、予想外の出来事が起こる場合を想定して即応できるように仕込みを増やすという、たったそれだけのことではあったのだけれど。
……これをいざ実践しようとすると、存外に時間がかかるんだよなぁ。
あらゆる準備は、常に完璧から程遠いものである。
ゆえに、心配性かつ優柔不断な不甲斐ない身としてはいくら準備をしてもしたりない――いや、正直なところを言えば、どれだけのものを用意しようとも不安が消えてくれないから徒に時間ばかりが過ぎてしまうという話なのだけれども。
……とは言え、時間というのは有限だ。
ある選択肢を選ぶまでの制限時間というものが、状況によっては存在するのが常だった。
……今回の件で言えば、今がまさにそうなんだろうな。
この世界において郵便を使ってまで文句をいってくるということは、それだけ相手が焦れているという証左だった。
これ以上放置していると本当にこちらに戻って来かねないし、戻ってこないにせよ面倒なことをし始める可能性もあった。
……あのテの人間は放っておくと、ホントにろくなことをせんからなぁ。
直接的に被害が出ることはなくても、誰かの行動が起こした結果とその影響が、回りまわって関係のない人間を災禍に巻き込むことなどザラにある。
他人の行動全てを支配できるわけではないのだから、面倒が起こる可能性は潰しておいた方がいい。
――今回はここまでだな。
内心でそう結論付けると、思索を中断して手紙を燃やした。
……用意できるだけの手札は常に揃えて、内容も把握している。
時間的な猶予がないのであれば、それ以上は望まない。
今まで行動するのに足りなかったことは、決断するきっかけだけだ。
「出たとこ勝負は相変わらずか。
……もっと気楽に生きたいんだがなぁ」
もうしばらくは無理かなぁ、と諦めの溜め息を吐いて、荷物をまとめた後で宿屋を出た。
――宿屋から外に出て空を仰げば、まだ陽は高い位置にあった。
移動する足を確保する時間は十分にあるだろう。
「……ひとまずは、行き違いにならないように釘を刺しておかないとな」
そして街を出るまでの間に残された時間と、それに対する採るべき行動への配分を考えながらそう呟いた後で、最初の目的地へと向かうために止めていた足を動かすことにした。
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