主人公、状況を進めるために動き始める 1


「……今度はいったい何をするつもりなのよ、あなた」


 同行者の女から出会い頭にそんなことを言われた彼は、彼女の勘と察しの良さに思わずこみ上げて来る笑いを堪えながら、それが表情に出ないように努めつつ口を開いた。



                 ●



「……流石に、落ち合って早々にそんな言葉を浴びせられるとは思わなかった。

 何かあったのか?」


 同行者である彼女と落ち合っていきなりかけられた言葉に、内心で浮かんだ笑みを表情に出さないように努めつつそう返すと。


「――別に、何も。

 ……ああ、本当にそうなのよね。

 あなたが何かを企んでいると断じることの出来る材料が見出せる出来事は、何も無かったわ。

 まぁ、何かがある時だっていつもそうだったとも思うけれど」


 彼女はこちらの様子を観察するような間をたっぷりと空けた後で、吐き捨てるように、わずかな笑みの色を含んだ吐息を吐きながらそう言って、目の前の椅子に座った。


 そんな彼女の様子を見て、どうやらうまく表情は作れていたようだという感想を得ると同時に、彼女が口にした言葉の内容に笑いを堪えるのが大変だった。


 ……本当に察しがいいな。


 彼女はトラブルメーカーではあるが、愚かでもなければ間抜けでもないし。彼女の職業柄でもあるのだろうが、かなり頭も回る方の人間なのは間違いなかった。


 そして、これは彼女と関わる時間が増えたことにって得られた見解ではあるけれど――彼女が自分の中に何の情報もない状況でカマをかけてくる人間ではないことも確かなことだった。


 だからおそらく、彼女は先ほどまでここに居た誰かとすれ違うか、あるいはそれを視界に入れたのだろうと推測できるわけだが――たったそれだけの情報から、こちらが何かをしようとしているとこじつけられる思考回路は、正直称賛するほかなかった。


 ……まぁそれが空回りすることもあるんだろうけどな。


 ただ、それは何事にもありえることだった。


 何かについて考えすぎようと、あるいは全く考えていなかろうとも。


 見ている人間にとって物事がうまく噛み合わないことなど、世の中にはざらにある。

 逆もまたしかりだ。


 ゆえにこの場合は、強いて言うならば彼女が優秀であると判断するのが最善だろうと、そう思う。


 もしくは、今回釣れた相手がそれだけぬけている連中だという証左であると判断することもできるが。


 ……流石に、そう判断するのは早計だなあ。


 それに、相手を見縊るような評価を付けてもいいことなどひとつもない。


 過大評価が過ぎるのも問題だが、過小評価になるのもそれはそれで問題だ。


 ――そして、どちらがマシかと言えば前者である。


 ならばやることはひとつだった。


「――ちょっと。なに、今ので怒ったっていうの?

 ちょっとした冗句というか、挨拶みたいなもんじゃない」


 椅子から立ち上がったこちらに向けて、彼女が焦っていることがわかる声音でそんな言葉を投げかけてきた。


 彼女からしてみれば、落ち合って一声かけただけで待ち合わせた相手が席を離れようとしているようにしか見えないのだから、焦るのは当然かもしれないが。


「……あのな。前々から言おうと思っていたことなんだがな」


 そんな彼女の様子を見てから、ため息混じりにそう前置きをしてやると。


「……なんでしょうか」


 彼女はこちらの雰囲気からどんなことを言われるのかわかったらしく、普段に比べれば少し丁寧な言葉遣いでそう応じてきたので続きを言ってやった。


「いい加減さ、普通に口が悪いのはどうにかしろって、本当に。

 俺はそこそこ寛容だからいいものの、お互いの立場を考えたら、おまえさんちょっと気安すぎるだろ」


 うぐぅ、と彼女が反論できずに思わず漏らした声を聞いて、少しだけ笑ってから続ける。


「まぁ今回は別に、その点で機嫌を悪くしたから立ち上がったわけじゃあない。

 そこは杞憂というやつだ。

 ただ、やることが増えたんでな。あんたに使ってやる時間が惜しいんだよ。

 だから、今朝は落ち合えた事実に満足して帰ってくれ」

「……何をしようとしているか聞いてもいいのかしら?」

「いつも通りの悪巧みだよ。俺のためになるやつだ。

 ――つまりは、あんたの挨拶は的を射ていたというわけだな。

 安心するといい」


 笑ってそう言ってやれば、彼女は疲れたような溜め息を吐きながらこう言った。


「どこに安心する要素があるって言うのよ……」

「あらかじめこう言っておけば、誰だって多少は何かがあると構えるだろう?

 そうなれば、少なくとも、暗がりで突然誰かに襲われて醜態を晒すような羽目にはならずに済む」


 そうだろう? と視線で問いかけてやると、返ってきたのは舌打ちだった。


「……あんたの方がよっぽど口が悪いじゃない。

 いやこの場合は、意地が悪いと言うべきかしら?」


 そして彼女があからさまに機嫌が悪い様子でそう続けたから、にやりと笑ってこう応じてやった。


「だから気にしないでいてやってるんだろうに。

 感謝されてもいいところだと思うがね」

「…………」


 そうして返ってきたのは、無言の溜め息と、降参と言わんばかりの小さな万歳だった。


 そんな彼女の反応に、内心でなんとなく勝利したような気分を味わいつつ、言葉を続ける。


「――ま、あんたが関わるのもこれで最後になることだろう。

 いいところを見せるなら、何をするべきかはよく考えておくといいかもしれないな」


 ただし今度は彼女の反応を待つこともなく、彼女に背を向けて店の外へと足を動かしながらだった。

「ちょっと、それはどういう意味なのか説明を――」


 当然のことながら、背後から慌てた様子が見えるような音と一緒に説明を求める彼女の声が飛んでくるわけだが、全てを語って聞かせなければならない義務がこちらにあるわけでもない。


 ただ、ノーヒントは流石に可哀想だなと思ったから、最低限のことだけを口にしてやることにした。


「準備期間と呼べる時間があるとすれば今日一日だけだ。

 ……今夜は一番高い酒場で過ごすつもりだから、答え合わせがしたかったら来るといい」


 彼女に見つかった時に修正した術は有効に働いているから、こちらが席を離れた段階で彼女はこちらの姿を認識できず、追うことも出来なくなっている。


 ゆえに、こちらに届くのは彼女の言葉だけだった。


「ちょっと一方的過ぎじゃないかしらねこれ!」


 ――世の中そんなもんだろう、何事も。


 店を出る直前に聞こえた彼女の叫びに近い不満を訴える声にそんな言葉を思い浮かべながら、やっておくべき仕事を済ませるために足を速めることにした。


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