主人公、追手に見つかる 3-1
――帰り道ではよくよく気をつけることだ。
別れ際にもらった彼の忠告はこの状況を予期したものだったのだろうかと、女は意識が落ちる直前にそんなことを思った。
●
この街にやって来てからずっと、一日中街中を駆けずり回っていたお陰だろうか。
思っていた以上にあっさりと、彼を見つけることができた。
彼を見つけたいと思っていたし、ここに居る可能性が高そうだと見当をつけて来たのは確かなのだが――正直なところを言えば、見つからない可能性の方が高いと踏んでいたから、彼の姿を見かけたときには一瞬だけ夢じゃなかろうかと疑ったくらいだったわけだが。
まぁすぐに、呆けている場合じゃない、と思いなおして彼に駆け寄った。
「――見つけた! ついに見つけたわよ!」
しかし、その最中に思わずこんな大声をあげてしまったことは、我ながら失敗だったと言わざるを得なかった。
彼が私の声を聞いて逃げ出す可能性も十分にあったし。
――何よりも、周囲からの視線が集まっていて。
冷静になるとすごい恥ずかしいったらなかった。
幸いにして、私の声を聞いて彼が逃げ出すということもなく、無事に捕まえて話をできる状況にまで持っていけたわけだけども。
……もしかしたら、折角の機会をふいにしてしまう可能性もあったわけで。
私と同じ状況になれば誰だって少しばかり気持ちが高揚してしまって似たようなことを絶対する、なんて考えも頭を過ぎった一方で。
反省する気持ちもこめつつ、落ち着いて、冷静に、という言葉を頭の中で何度も復唱したのだった。
そして彼に声をかけた後、さてどうやって私が探している相手――つまりは城から逃げ出した元勇者であることを認めさせようか、などと考えていたわけだけれど。
こちらが何かしら特別なことをするまでもなく、彼は自身が私の探している相手であると認める言葉を口にした。
てっきり誤魔化されたりするものだと思っていたので肩透かしをくらったような気分になったが、彼はこちらの気分を知ってか知らずか、特に動揺したりする様子も無く、軽い調子で場所を移したいと提案してきた。
こんなに注目を浴びながら長話をしたいとは私も思わなかったから、彼の提案に素直に頷いて。
「どこに行くつもり?」
「少し歩くことになるが、いい酒場を知ってる。
飯でも食いながら話すとしようじゃないか。
長い話になりそうだしな」
「……今買ったものを持って?」
「持ち込みも可能な店を知っているんだ。
何も頼まなかったら流石に追い出されるがな」
「そう。随分と寛容な店主なのね」
「だから気に入ってる」
そんな風に会話をしながら、彼の後を追うように街中を歩いていった。
……まぁ話題がない状況だから、すぐに黙りこくる羽目になったわけだけれど。
微妙に居心地の悪い沈黙はできればどうにかしたいと思う方なのだが、適切な話題があるわけでもないので黙って耐えることしか出来なくて。
その代わりと言うように、思考だけが回っていた。
――そうやって考えることは、主に、酒場に入ってから行うだろう彼との会話についてだった。
……どうしたものかなぁ。
王から出された命令はふたつあった。
……ひとつは、預かっているお金を彼に渡すことだけども。
これは私を使いに出すきっかけのようなものでしかないし、渡してしまえば終わる内容だったから、考えることなど殆どなかった。
だから重要なのは残りのひとつの方で――彼の所在を把握し、国に報告することの方だった。
……ひとを追うことの難しさは、もう十分にわかったからね。
それはもう、骨身に染みるほど、と言っても過言ではないほどによく理解できていた。
正直二度とやりたくないです。
ゆえに、奇跡のような偶然でもって彼を見つけ出せたこの機会を逃すわけにはいかなかったし。
彼に同行させてもらえるように話を持っていかなければならなかったのだけれども――まず間違いなく断られる案件であることは、考えなくてもわかることだった。
……彼は城から逃げ出した。
その理由は私にはわからないものの。それが国そのもの、あるいは国に関することである場合、その国から出された追手である私を受け入れたいとは思わない可能性が高かった。
もしもそうでなかったとしても、追手だとわかっている相手につきまとわれて、いい気分でいられる人間は絶対に居ないことだけは間違いなかった。
――少なくとも私は御免だ。
なんなら追手になるのも嫌だったんだけど、それは置いといて。
今後の私の実生活および精神衛生上の平穏を保つためには、自分の同行に同意させることは必須事項だった。
だけど、どうすればそんな未来が訪れるのかは、いくら考えても思いつかなかったから。
……できれば体を売るのはやめておきたいのだけど。
最悪それも考えなければならないのかな、と心の中で溜息を吐くことしかできないのだった。
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