主人公、偉い人とこれからについて話をする 1

 

 相手に次の動きが起こったのは、目覚めたその日の夜だった。


 明かりの無い部屋の中。

 真っ暗闇になった視界に文明の違いをひしひしと感じながらベッドの上でぼんやりしていると――突然、硬質な何かを叩く音が響いてきたのだ。


 なんだいきなり、と思って身を起こすと、もう一度、等間隔で音が鳴った。


 ……あっちには扉があったな。


 音を聞きながらそんなことを思い出して、もしやこれはノックなのではと考えるようになったのだけれども。


 どうやら相手は辛抱強い性格ではなかったらしい。


「……っ」


 何度叩いても反応が無いことに焦れたのか、次に鳴った音はかなり大きく激しいものだった。


 ……仮に寝起きだったとしたら、反応には時間がかかるもんだと思うがなぁ。


 その音に対して内心でそう思いながら、溜息を吐きつつ、ベッドから立ち上がる。


 ……しかし、不思議なくらいによく動くようになったもんだ。


 起きた直後こそ動くのに苦労したものの、昼寝をした後でストレッチやら何やらをしている内に、身体の強張りはすっかり解れていた。


 ……寝たきりの病み上がりで、こんなに動けるようになるものなのかね。


 そう思ったけれど、


 ……まぁ、異世界に来ている時点で、何が起こったって不思議じゃあないわな。


 と、すぐにそう思い直した。


 起こった出来事や判明した事実が自分にとって都合のいい出来事ならば、もはや理由を深く考察する気すら起きなかった。正直キャパオーバーです。

 だから、


 ……さて、こんな夜更けに連れて行かれるのやら。


 と思考を切り替えて、扉の向こうに居る誰かに向かって声をかけることにした。


「その喧しい音で、今ようやく起きられたところだ。入ってきてもいいぞ」


 こちらの返事を聞いて、向こうは一拍の間を置いてから扉を開いた。


 そうやって部屋に入ってきたのは、一組の男女だった。


 ――視界の利かない暗闇の中ではそんなことわかるわけないだろって?


 そりゃあ暗いままだったらわかりゃあしないが、相手がろうそく台をもって入ってきたなら話は別だ。

 電気のある生活になれた身としては頼りないと思ってしまうけど、その傍に居る誰かを識別するには十分な明かりだった。


「……それで。こんな夜分に、寝ているところを叩き起こしてまで付き合わせたい用事ってのは何だ?」


 二人の顔を見ながら問いかける。


 二人のうち、男のほうがこちらを見て言った。


「……お休みのところに、突然の訪問をしてしまう形となってしまって申し訳ありません。

 話をしたいと仰っている方々がいます。時間をいただきたいのですが、ご同行を願えますか?」


 ただ、その言い方には思わず笑ってしまった。


「この状況じゃあ断りようがないな。

 内容くらいは先に聞かせてもらえると嬉しいがね」


 男はこちらの言葉に小さな笑みを漏らしたが、咳払いをして表情を戻した後で言った。


「議題はあなたの処遇についてです」

「処分について、の間違いじゃないのか」

「そうなる可能性も否定はしません」


 返ってきた物言いに、思わず浮かべた笑みが深くなった。


 それは最悪の未来を想像した恐怖を噛み潰す意味もあったが――それ以上に、このやり取りを面白いと感じたからだった。


 いい感じに乗ってくるやつもいるんじゃないかと、会話が成り立つ感覚が少し嬉しかったからだった。


 なにせ、この場所に引きずりこまれてからこっち、言葉を交わした相手は自分を牢屋にぶち込んで笑う連中か、まともに応対をする気がない野郎だけで、会話というのが成り立った試しがなかったのだ。


 誰かと会話ができるだけでも随分と気持ちは楽になるものだなと実感しながら、口を開く。


「……正直で何よりなことだ。相手の詳細も知っておきたいところだが」

「この国で実権を握っている方々です」

「――は、そうかい。そんな相手と会うのにこんな格好で大丈夫なのか?

 まぁ、もし文句を言われたとしても、あんたらから貰ってるものだとしか返せないけどなぁ」


 この言葉に男は何も答えず、ただ道を空けるように体の位置をずらしただけだった。


 気にする必要はないということかなと、その反応を肯定的に捉えることにして。空いたスペースを通って部屋の外へ出る。


 すると、扉が閉まる音が背後で聞こえて。


「こちらです」


 と言う女の声が聞こえた。


 反射的に音源の方をを見ると、女は既に歩き始めていた。


 男もこちらを一瞥した後で、女に続くように歩き始める。


 ――黙って付いて来い、ということなのだろう。


 コトが進んでしまっている現状で、反抗する理由はない。大人しく、二人の後ろについて歩き出す。


 そしてしばらくの間、無言で歩いていたのだけど。不意に、男の方がこちらを見ないままで話しかけてきた。


「そういえば、ひとつ謝罪せねばならないことがありました」

「ひとつだけか?」

「今のところは。

 ……昼間、部屋に行った者達が、あなたに不快な思いをさせてしまったという報告がありました」


 出てきた内容は、ある意味では予想通りのものだった。

 簡単に謝ってくれるだろ出来事は、それくらいしか思い当たることはなかったからだ。


 しかし、それでもそこに付け加えたいことがあるとすれば、それは。


「まとめるなよ。それは、ひとつの出来事じゃあないだろうが。

 不快な出来事の種類が違うからな」

「……関わった者には、既にしかるべき処分を言い渡してあります。

 それをこちらの誠意と受け取っていただければ助かります」

「こちらはその内容を把握できていないのに?」


 一息。相手がこちらに向けた視線を見て、これ以上攻撃的になったら危ういなと、体に入った無駄な力と一緒に吐息を吐き出してから会話を続ける。


「まぁ、落とし処はそんなとこなんだろうけどな。

 ……しかし、あの兄ちゃんはとんだとばっちりだなぁおい。

 上からの指示通りに動いたってのに、罰されるんじゃあやるせない。

 いやはや、俺の身に降りかかった現状といい、人生ってのは理不尽に溢れてるもんだ。

 そうは思わないか?」


 この問いかけに、男は応答ではなく問いかけを返してきた。


「あなたは、この世界に来たことを後悔されているのですか?」


 その言葉の選び方に、こいつらの認識は本当に偏ってるなと思いながら答えを返してやる。


「使う表現には気を使え。

 俺はこの場所に自ら選んで来たんじゃない。てめえらに拉致られたから居るだけだ。

 だから、俺のこの感情は後悔じゃなくて憤りなんだよ。

 他人の人生なんだと思ってやがるんだ、ってな。

 ……まぁ、あんたらに言っても仕方が無いことか。

 今の言葉を聞くだけわかる。言ったところで、それが響くような真っ当な神経を持ち合わせてる連中じゃあ無いんだろ」


 こちらの言葉を聞いて、目の前を歩く二人の雰囲気が剣呑なものに切り替わった。

 だからこそ、俺は笑ってやった。笑いながら言ってやった。


「ほら、そうなった。

 ここに居る連中は、本当に、どいつもこいつも自分が加害者であるという自覚が足りない。

 誰がどんな意図で呼んだのかなんて、その時点でこの世界に居なかった俺には全く関係のない話だろうに。

 そこに加えて、勇者だかなんだか知らないが、そういうものとして拉致られた人間は俺だけじゃないんだろう?

 おまえらの反応を見ていれば誰にだってわかることだぞ、それは。

 だったら、その存在を知っている人間は全て同罪だ。

 うまいものが食いたいからと言って人を殺すろくでなしと大差ない。

 むしろ、開き直れない分だけ悪いくらいだ」


 この言葉に、二人から反応が返ってくることはなかった。


 そこからは、当然のように、緊張感が満ちに満ちた空気の中を無言で歩き続ける羽目になったわけだけれど――そうなってしまったことに対する後悔はなかった。


 ……そうするって決めたからな。


 だったらこれが正解だと、そんな風に考えながら歩いていると――やがて、ひとつの扉の前で二人は立ち止まった。


 二人がそれぞれ、扉の取っ手を持った。


 その状態で、男の方が口を開いてこう言ってきた。


「……先ほどの言葉をこの先でも言えたなら、私はあなたを尊敬しましょう」


 その言葉を受けて、俺は先ほどと同じように笑いながら応じてやる。


「尊敬されたからどうだって話だが、せいぜいそのタイミングが来ないことを祈ってろ。

 ――そもそも、どこにそれを躊躇う理由があるっていうんだ?」


 こちらの言葉を聞いてから、男がその意図を咀嚼するような間を置いた後で扉が開かれた。


「……っ」


 中は随分と贅沢に光源を用意しているらしく、開いた扉から漏れる光は薄暗闇に慣れていた目には少し刺激が強かった。


 とは言え、扉が開いた以上は、中へと足を進める以外に道はない。


 相変わらず流されっぱなしになっている自分の惨状を思ってやれやれと溜息を吐いてから、光の刺激を減らすために目を細めつつ、部屋の中へと入ることにした。



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