主人公、現状について考察する 3


 目覚めてすぐにやってきた連中と何の役にも立たないような会話をした。


 ……それでも、得られた情報はある。


 そう思って考え始めてから、まずは、こいつらにとって勇者というものが簡単に切り捨てられるものである、ということに気が付いた。


 これは先ほど、おっさんが立ち去る時の発言からわかることだ。


 あれは去り際に、今回は失敗だった、と言ったのだ。それはつまり、あれの生きている間に勇者と呼ばれる人間が複数回呼び出されていることを示している。


 勇者の召喚というものにかかるリスクやコストがどの程度のものかはわからないけれど。言葉のニュアンスからして――少なくとも、失敗したなら次に期待すればいいと再試行できる程度のものであることは間違いないだろう。


 それは同時に、勇者とやらが呼ばれた理由や状況についても、それほど切迫したものではないということも意味している。


 そこに思うところが無いではなかったが、今は置いておくとして。


 ……しかし、処遇が保留になっている理由についてはわからんままだな。


 もう一度おっさんの言葉を思い出す。


 あれは、やはり今回は失敗だ、と言ったのだ。

 やはり、なんて冠がつくのには、事前にそう思うだけの理由があったからに他ならない。


 ……失敗だったと思った上で、こちらをあえて助けた理由はどこに見出せる?


 考える。考える。考える――が、何も思いつかない。


 思わず舌打ちが口から漏れた。


 現状は、ピースの足りないパズルで何かを形にしてみろ、といわれているようなものだ。

 これでイライラするなというのが無理というものである。


 とは言え、愚痴を言ったところで何も解決はしない。


 ……なぜ処遇が保留になっているのかという疑問は、この際置いておくとしよう。


 気分転換も兼ねて、別な疑問について考えることにした方が精神的にも健全だ。


 では話題を切り替えよう。今残っている大きな疑問のうち、残っているものは何か。


 ……勇者とはいったい何か、だ。


 異なる世界から来た人間だ、という定義は相手の反応から得ることができた。

 何の役にも立たない分類ではあるけれど、この解釈は正しいという情報でもある。


 ……ただ、そこで勇者という単語をあえて用いる必要性はないよな。


 来訪者とか、召喚獣なんて呼び方でもありっちゃありだ。

 外から来た者を表す単語は他にもある。


 ――考え方を変えよう。


 彼らは呼び出した人間をあえて勇者と呼んでいる。


 では、その呼び方の違いは何に起因するのか。

 それは、単語が持つイメージが異なるからだろう――と、ここに考えが至ったところでピンと頭の中に電灯が点ったような、何かが繋がったような感覚を得た。


 ……そういうものだと思って放置していたが。


 そもそも、彼らと自分の扱う言語は違うものである。


 どういう原理かはまったくもってわからないけれど、自分は彼らの言語が自然な形で意訳されて――翻訳された意味を理解している。


 ――ならば、その翻訳する際に用いるベースはどこにある?


 それは自分の頭の中、あるいは自分の世界の言語体系だ。

 そして、それを自分が理解できているということは、その翻訳内容は自分の頭の中にある単語を中心に使われていると思っていい。


 ……だとすれば、自分にとっての勇者というイメージがそのまま勇者の正体になるはずだ。


 ――じゃあ、俺は勇者にどんなイメージを抱いている?


 答えは簡単だ。勇者に共通する特徴は、数奇な運命に巻き込まれること、特別な使命や目的を持っていること、そしてなによりも――


「――特別な力を備えていることだ」


 思考の先を思わず言葉にしてしまった後で、続いて浮かんだ結論を思って大きく溜め息を吐いた。


 何に対する結論かと言われれば――それはもちろん、自分の処遇が保留になっていることに対するものである。

 そして肝心の内容といえば、人間なら誰でも持っていそうな、それでいて非常に厄介なものだった。


 答えがわかったというのに溜息が出る理由というのも、その内容に起因する。


 ――自分の持っている特別な能力というのが、他人に対する怨念や呪いの類であるとなれば、そりゃあ憂鬱な気分にもなるというものだ。


 だから彼らは自分の処分を躊躇っているのだと、そう考えれば納得できた。


 死なせられない理由としては妥当だからだ。


 ……本当はそうであるとはっきりわかっているわけじゃないのかもしれない。


 しかし、死んでから発揮される力に対する不吉な印象を拭えまい。誰だって不穏な展開を予想する。その影響が及ぶ規模だって不明瞭だ。

 もしかしたらたった一人殺すだけで終わるかもしれないが、この能力をもっているのは勇者と呼ばれる人間である。

 彼らは過去の経験で、勇者が持つ能力の凄さとでもいうべきものを知っているのだろう。

 そうであれば、起こる現象の規模が小さいと思い込むのは難しいはずだった。


「…………」


 大きく深呼吸をした。


 思考をフラットにする。


 考えるべきは考えたのだ。

 あとは、交渉の機会がくれば希望を伝え、それが無ければやりたいことを、為すべきことを為せばいい。それだけだ。


 未だに部屋に残り続ける男に視線を向けて言う。


「出て行ってくれ。あんたは言うべきことがない。俺には聞きたいことがない。

 居るだけ無駄だ。

 ……俺は寝る。何かあったら起こしてくれ」


 男はわかりました、とだけ返事をしてからすぐに部屋を出た。


 その姿を見届けてから、ベッドに横たわる。


「……結局、どこに行っても自分で筋書きを決めることができんとは。

 情けない限りだ」


 そして、そう呟いて溜息を吐いてから目を閉じた。


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