主人公、現状について考察する 2
「苦労して見つけ出したやつがこんなのだったとは。
無駄骨もいいところだったな! やはり今回は失敗だった!」
扉が閉まった後で立ち去る足音と一緒にそんな言葉が聞こえたものの、反応を返そうにも相手がもういない。
とは言え、部屋に残ったほうの若い男――彼の方に何かを言っても仕方がないだろう。
……とりあえずは、死なずに済んでなによりだったな。
しかしそうならなかったことにほっとする一方で、そのことを不思議に思う気持ちも強かった。
あのおっさんは結構偉い人間に違いない。そんな人間が、生意気を言ってくれやがったどうでもいいかもしれない人間に無茶をしないということは、自分の処遇が決まっていないということだろう。
保留されている理由は何だ?
……まったく、疑問が増えるばかりで困ったものだ。
埒が明かないったらないと、気持ちの上での疲れを吐息に混ぜて吐き出した後で、視線を扉から彼に移して問いかける。
「あなたはあれの後を追わなくていいのかな?」
「……口調が随分と変わるものですね」
今度は反応が返ってきたので、それを少し意外に思いつつも会話を続けることにした。
「相応の相手には相応の態度で臨むものだ。
先ほど水を向けた際に、つい勢いに任せて同じような言葉遣いをしてしまったことは申し訳ないと思っている。
……それで、なぜこの場に残ったのか意図を聞かせてもらうことは可能かな」
彼は少し迷うような間を置いた後でこう答えた。
「私たちはあなたが目覚めたらある程度の事情を話すようにと事前に言い渡されてあります。
ですから、知っている範囲でよければ質問にお答えすることも可能です」
彼の言葉に内心で少しだけ驚いた。
その驚きは説明をしてもらえることに対してではなく、それが出来る人間がこうして用意されているという点についてだった。
誰がいつ目覚める場面に出くわすかもわからない上に、気が付いた相手が見知らぬ場所に突然連れてこられたことで混乱する可能性も高いとくれば、少なくない数の人間が事情を説明できるようになっていなければならない。
しかし、各員をその状態にしておくことはなんだかんだで難しいものだ。
これだけでも、少なくとも、一定の人員を組織としてしっかり運営できる程度の頭がある人間がいるということがわかる。
その人間がどれくらい頭の切れる人物であるのかは現時点では判然としないけれど、こちらにとって都合が悪いのは切れ者であった場合だ。
……今想定しておくべきはそちらだな。
そうなると、被害者ぶって感情論をぶつけてみたところで――さっきのおっさんみたいに対応したところで、現状は都合のいい方向には進まないはずだ。
何か交渉するためのネタが欲しいところだが、今のところは何も無いし、仮にあったとしてもうまくいく可能性は非常に低いだろう。無いよりはある方が気持ちが多少楽になるのは確かだが。
……なんにしても、材料が足りない。
とりあえず、ネタを考えるためにも、先ほどまで行っていた暇つぶしの答え合わせをする意味でも、疑問点を可能な限り潰していくとしよう。
「それはありがたいことだ。じゃあ聞きたいことを聞いておくとしよう。
さっそくひとつめといこう。ここは、俺の居た世界とは違う世界、で合っているか?」
「そう聞いています。
あなたたち――勇者は、こことは別の世界から呼び出される者であると」
「何のために呼び出した?」
「わかりません。
私たちはあくまで、対応あるいは必要であれば協力するようにとしか言い渡されていませんので」
これは多分嘘だろう。
それが呼び出した連中の本意であるかは別として、何かしらの見解はひとつ提供されているはずだ。
もっともらしい答えをひとつ提供してやりさえすれば、大抵の人間はそれ以上追求してこない。余計な手間が減る。
それを答えもしないということは、彼は全てに正しく答えてくれるわけではないということだった。
……問えば正しく答えてくれそうなのは親くらいのもんだ。
それでさえ怪しいのが現実で、当たり前の事実だった。指摘はしない。質問を続ける。
「そうか。では次の質問だ。
俺は今保護されているようだが、その過程を教えてくれるか?
特に、なぜ見つけるまでに時間がかかったのか、その理由を知りたい」
彼がこちらの質問に答えようと口を動かした。
その瞬間に、ただし、と言葉を重ねて一度遮る。
「わかりません、なんて納得のいかない説明は無しにしてくれよ。
事情の説明はできません、保護された過程も説明できません、なら最初から居ない方がマシだろ。
わからなければわかる奴を連れて来い」
彼はこちらの言葉を受けて、考えるような間を置いた後でこう答えた。
「……本来ならこのような事態になる予定ではありませんでした。
いつも通りであれば、勇者であるあなたは、この城にある召喚場に現れるはずだったのですが」
「今回は例外だった、と言うことか。
それじゃあ、どうやって見つけ出したんだ?」
「それは……国中を探し回り、たまたま見つけ出せたとしか。
あなたを見つけたとき、状態はかなり悪かったと聞いています。もう少しで命を落としていたかもしれないと。
見つけることができたのは、本当に、不幸中の幸いでした」
これも嘘だな、とわかる。
見つけたときの状態が悪かったのは間違いなく本当のことだろうが、探し出せたのがたまたまだと言うのは無理がある。
……意思疎通もできない倒れている相手を、どうやって探していたものだと判別したんだ?
そもそも、狭い町でだって尋ね人を探し出すことは至難の業だ。
だというのに、対象が異世界から来た人間で、範囲が国か世界かともなれば――勇者であると識別するための道具か技術でもないと探すという行為すらしようとすまい。
……そうなると、あえて隠す理由は何になる?
事故で呼び出された場所が変わった。それはいい。
探し出すのに時間がかかった。これも問題ない。
今居る場所から遠ければ、そしてそこが移動手段の整っていない場所であれば不自然じゃない。
しかし、もしそうであれば、単純にそう説明するだけで事足りる。
……そうしないのであれば、そこには相応の理由があるはずだ。
勇者としての特徴を識別して探し出す方法があるということを言いたくないのか――そう思ったところで、そういえば勇者って結局何なのか聞いていない、という単純なことに気が付いた。
考え込んでいる内にいつのまにか外してしまっていた視線を彼のほうに戻して聞く。
「じゃあ、最後の質問だ。結局、勇者ってのは何なんだ?
……ああ、外から呼び寄せた人間のことをそう呼ぶ、という答えは無しでお願いしたいところだが」
彼が口を噤んでしまったのを見て、やれやれと溜め息を吐いた。
この聞き方ではその答えしか返ってこないらしい。
聞き方を変えよう。
「勇者と呼ばれる人間の特徴は何だ?」
「…………」
「……流石に、まったく知らないとは言わないよな。
ある特徴を持った人間をどう扱うかは知らなくても、どういう特徴を持っている人間だから注意しろって話くらいは聞いているだろう」
この質問にも彼はだんまりを通した。どうやら、現段階ではこちらに有益な情報を渡す気などまるで無いらしい。
……ちぐはぐだなぁ。
バカで居てくれる方が扱いやすいというのは同意するが、情報を与えないことによる不信感は考慮していないのだろうか?
それとも、扱いづらいのなら切り捨ててしまえばいいということか?
……いずれにせよ、答える気のない人間を相手にする必要はもう無いな。
そう考えて、彼から視線を外して思索に没頭することにした。
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