主人公、現状について考察する 1
さぁなにが出てくる、なんて身構えながら扉が開ききるのを待った。
そうして待ち構えたところに入ってきたのは、複数の人影で。
「――――」
その人影を見たときにまず感じたものは、安堵だった。
入ってきた人影のどれにも特異な――角があるだとかそういった外形の違いの見えない、つまりは自分のよく知るヒトの形をしていたことに、少しほっとしたからである。
やっぱり、これまで身近に無かった要素があるということには、戸惑いを強く感じてしまうものだ。
ただでさえギリギリの綱渡りをしようとしているのだから、自分の判断を誤らせる要素が増えないことは喜ばしいことだった。
――聞くべきを聞き、言うべきを言う。
字面だけなら簡単なことで、内容としても単純なことだ。
しかし実のところを言えば、ここまで生きてきてそれを実践できた試しは全く無いし、実践しようと意識したことすらなかった。
……だいたいの人間はそうだと思うけどな。
なにせ、それがたとえ正しいこと――多数決を取れば同意のほうが多くなるような言動であっても、条件や状況によっては、そうしないことこそが自らの利益となる場合もある。
……いや、むしろ、現実だとそうである場合の方が多いだろうさ。
なぜならば、そうするべきだと思っているのが自分だからだ。聞くべきを聞き、言うべきを言うという行動は、今後ではなくその瞬間の自分の気持ちだけを優先するものだからだ。
現実に存在するのは自分だけではない。あらゆる結果には、必ず他者の存在が関わってくる。
そこで自分のことだけを優先できるのは、その環境において他の追随を許さない何かを持ったものだけだろう。
要は何が言いたいかと言えば、衝動的とも言えるこの行動方針を実践したことなどなかったからビビッている部分があるということだった。
……初めてやることには、誰だって気後れするもんだ。
だから、不安要素は少ないほうが好ましい。それだけの話だった
まぁ、異世界に飛んでいくとか死にかけるとか、未経験だったほうが良かった出来事が既に起こってしまっている現状においては、外見の差異なんて焼け石に水みたいな小さい話なのだけれど。
それこそ気持ちの問題というやつだった。
「………」
話を現実に戻そう。
入ってきた人影は全部で三つで。若い男女が一組で二人、初老に入るかもうちょっと年がいってる野郎が一人だった。
若い男女はどちらも同じような格好をしていたが、特に目を引いたのはその腰に引っ提げている長物だった。
とは言え、それも過去の自分が日常生活において目にしなかった物であるから、というだけのことだろう。少なくとも、伊達や酔狂で持ち歩いているわけではなさそうな雰囲気があった。
その佇まいからもそれを身に着けているのが当たり前といった印象を受けたから、兵士と呼ばれる類の人間なのだろうと、そう思うことにした。
一方で、残る一人であるおっさんはと言うと、服装は若い男女と違って派手目の色合いで、材料は幾分か良い物を使っているように見えた。
ただ、一番印象に残ったのは服装やら背格好ではなく、こちらを見るその面構えの方だった。
どうやったらそんなに見ていて嫌な気分になる作り笑いが浮かべられるのかと、そう聞いてみたくなるくらいに嫌みったらしい笑みが、その顔に浮かんでいたからだった。
そこに加えて、隠す気がないのではと呆れるくらいに、こちらを見下す思考が透けて見える目をしていたから、いわゆるえらいやつなのだろうと、そう判断した。
……しかし、こいつは何が目的でここに来たんだ?
扉を開いてこちらが起きていることを認めた一瞬は、全員が全員、程度の差こそあれど驚いたような気配が窺えたから、目が覚めたことに気付いて話をしに来たわけじゃあなさそうだった。
……だとすれば、様子でも見に来ていたのか。
身柄を確保したもののいつまでも起きない自分を見て、こいつはいつになったら目覚めるんだ、なんて、おっさんの八つ当たりを二人の若者が無言で堪えるわけだ。
……暇人かよ。
でもありそう。ていうか、今までそうだったんじゃないかな、どうかな。
そんな他愛の無い想像をしていると、若い女が扉の前に残り、あとの二人がこちらに近づいてきた。
その二人はこちらから二三歩ほど離れたあたりまで近づいてきた。
そして、おっさんの方が口を開いてこう言った。
「おはよう、随分と長い居眠りだったな」
聞こえてくる声は、相変わらず同時翻訳のように二種類の言葉が重なっているように感じられるものだった。
……鬱陶しい聞こえ方だ。
慣れるまでは大変だなと考えながら、にやにやと笑っているおっさんの皮肉を無視して言う。
「聞きたいことと言いたいことが山ほどある。答えられる奴を連れて来い」
こちらの態度が癇に障ったのか、おっさんの笑みが崩れる。表情が怒りの色に塗り替えられていく。
その変化が終わるのを待つ理由はない。無視して更に言葉を続ける。
「他人に舐められた態度を取られたくないってんなら、てめえの態度を見直すことだな」
こちらの言葉に、おっさんが怒声をあげた。
「それが命を助けてもらった者の態度か!?」
そうやって飛び出てきた言葉があまりにも予想通りに過ぎたから、思わず笑ってしまった。
バカが、と内心で吐き捨てながら、笑みを消すことなくおっさんの言葉に応じてやる。
「おまえらが余計なことをしなけりゃあ必要の無かったことだろうが。
自分で作った面倒を、他人様に恩着せがましく押し付けてんじゃねえよ。
俺には関係ないだろうが」
「今すぐ殺されても構わんとでも言うのか貴様は!」
「好きにしろよ。てめえの一存でそれをやって、後で自分の首が飛ばないならそうすりゃあいい。
――ほら、控えてる二人に命てみたらどうだ。こいつを痛めつけろとでも、なんとでも」
そう言って、相手の反応を待った。そうすれば、案の定というべきか、おっさんが言葉を詰まらせたので、それを鼻で笑ってやった後で続けて言う。
「てめえの自尊心を満たすためだけに口を開くな。
命が助かって感謝する姿を拝みたいんだったら貧民相手に金でも配ってろよ。
その方が簡単だぞ」
こちらの言葉におっさんはますます顔色を赤くしていたが、もう相手にする必要はないと判断して視線を隣に立つ男に移した。
「それで、そっちのあんたは会話ができる人間なのか?」
問いかけに返ってきたのは無言だった。
……まぁ、隣の偉いらしいおっさんの許可なく喋ることは難しいのかもしれないな。
そう判断して、仕方ないから再び視線をおっさんに戻して言う。
「はっきり言ってやろう。
――おまえは論外だ。会話になる相手を連れて来い」
そこで我慢の限界を超えたのか、おっさんは一言も発さずに扉のほうへと身を翻すと、足音も荒く立ち去ってしまった。
扉の傍に控えていた若い女が、慌てた様子でおっさんの後を追うように部屋の外に出て行った。
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