主人公、事態を受け入れる 2
不本意にも九死に一生を得てしまって、相変わらずどうしようもない現実だけが目の前にあることを理解した。
とは言え、次の出来事が起こるまでには時間がありそうで――だったら考えることくらいは出来るだろうと頭を回すことにしたわけだが。
では、何について考えようかと思って、まずはじめに浮かんだ疑問は自分の処遇についてであった。
こうやってまともな部屋に寝かされていたという状況を鑑みれば、保護された、と考えるのが妥当だろう。となると、次は何に保護されたのかということを考えなければならなくなるが、
……これについては前提を仮定しなければ話が前に進まない。
だから考える。
……たとえば、自分に起こった出来事が偶発的な事故であるとしよう。
そんな事故がこの世界観でも頻発する出来事であるのなら、被害者を保護するための組織があってもいいと思える。
そしてその前提で考えれば、今はその仕組みが自分を保護しているということになるわけだけれど。
……これはないな。
この仮定とそこから考えた内容は即座に否定した。
なぜならば、この可能性は最初に遭遇した連中の対応からして低いと見るべきだからだった。
もしもそんな仕組みがあり、それが一般化されているのなら、牢屋に一人で放置されて死にかけるなんて状況にはなっていないはずだからである。
……では、次に考えられる可能性はなんだろうか?
やはり勇者やらとして呼び出されたという可能性だろう。
ここで勇者という単語を使ったのはあくまで聞こえがいいからであって、必ずしもそうでなければならないわけではない。
要は、わざわざ探し出して保護しようとする理由がありそうなものとなると、自分にはそれくらいしか想像できないというだけの話でしかなかった。
……ただまぁ、当たらずとも遠からずというやつだろうよ。
必要とする理由がなければ、わざわざ別な世界から誰かを呼び出すなんてことはしないだろうし。せっかく呼び出したものが無駄になるというのは基本的には避けたい事柄だろうから、保護しようとする理由もできようというものだ。
少なくとも、呼び出した理由の内容はともかくとして、自分たちの利益のために行動した結果が現状であるというのであれば納得はしやすかった。
だからそれでいい。
……人間というものはやっぱり、自分の利益のために行動していると考えるほうが一番しっくりくる。
自分の考えうる可能性の最後のひとつとして、単純に事故としてこんな状況が発生しているということも当然考えたのだが――その場合は保護しなければならない理由が存在しないし、想像しにくい。ゆえに、今回に関しては除外してもいいだろうと判断した。
……それじゃあ、前提は何らかの目的で呼び出されたからだ、ということにしよう。
ならば、なぜ彼らは誰かを呼び出す必要があったのだろうか? と考える。
そうして目を閉じて数秒ほど思索にふけってみたものの――正直ここから先の動機付けについては皆目見当もつかなかった。多少なりとも自信をもってこれだろうと言えるものが思いつかない。
元々当てずっぽうのきらいがあるこの暇つぶし、もとい現状の考察ではあるけれど。状況がこうなった理由と違って、そうしたいと思う人間の動機となると一気に難しくなるものだ。
ぶっちゃけ、知らない人間が何を考えているかなどわかるわけがないのだから仕方がない。
ただ、相手が自分と同じような人間であるならば――それはおそらく、先に関わったどこぞの二人の行動から見る限り近いものだろうと判断しているけれども――無理矢理にでも問いを重ねれば、その意図に近づくことはできるだろうと、そう思う。
「…………」
目を閉じたまま、大きく長く息を吐く。
思考を深く沈める。
自問自答を繰り返す。
――人を呼ぶ必要があるときとはいったいどういう場合だ?
それは、人手が欲しいときだろう。
――では、そこら中に居る人間から選ばずにわざわざ他所から人を引っ張ってくる理由はなんだ?
その人間が備える価値が高いと判断するからだ。
呼び出す労力やリスクに対して、その人間がやって来ることによってもたらされると期待する利益の方が大きいからだ。
やってほしいことがあって、それが出来ると思う何かを期待するからだ。
――しかし、それは相手の能力を見知っているからできることだ。わざわざ知らない人間を引っ張り出してくる理由はどこに見出せる?
過去の経験だ。特定の手順に基づいて呼び出した相手が何人も居て、その相手の殆どに似たような価値を認められれば一定の期待を抱くに足る理由になる。
――じゃあ、おまえならどんな理由でそんな相手を採用する?
正直想像もできん。なにせ、そうまでして何かをしたいと考えたことがない。
それでも言えることがあるとすれば――
思考の沼から自分が浮かび上がるような感覚を得る。その感覚に従うままに口を開く。
「少なくとも相手と会話をする機会も用意せずに、自分の場に引き摺りこむような真似はしねえってことだけだ」
出てくる言葉は己の立ち位置を決めるものだ。
口は止まらない。自分が何を考えているのかを自分自身に言い聞かせるために言葉は続く。
「どんな理由があったって、他人様が積み上げてきた時間を台無しにすることは許されないだろうが。
「確かに俺には何もなかった。どこにでも居るただのダメ人間だった。だから、俺が居なくなったって別に誰も気にしやしないだろう。
「だけど、俺がそこで生活していくために費やした時間はどうなるんだ?
色々なことに折り合いをつけていった俺の気持ちはどうなるんだ? 全部無駄か?
「俺にとっては居たことにすらなっていない、どこの誰とも知らない、どうなったって知ったこっちゃない連中の都合でそれを全部無駄にされたのか?」
一息。歯を剥くように笑って、
「そんなものを簡単に受け入れられるほど、俺は人間が出来てないぞ。そうだろう?」
自分にそう確認する。
夢と現が混ざったような認識を、憤りの熱で整える。
……ここから先が現実だ。
逃避はしない。
もう、妥協したり退いたりしてまで守りたい生活はない。
ここから先でそれを作っていくしかないのだ。
選択した行動によって悲惨な、あるいは後悔するような結果を招くこともあるだろう。
それでも、今は自分の気持ちに従って行動すると、そう決めた。たとえ馬鹿にされようがなんと思われようが構いやしない。
自分が満足してさえいればそれでいいと、今はそう腹を決めたのだから。
「……つっても、それをぶつける相手が居なけりゃどうにもならんのは変わらんがな」
さて、どうしたものかと。思考の熱と一緒に長い溜息を吐き出してからベッドに横たわった。
結論は出した。しかし、現状では何も出来ない。
ならもう寝るしかねえな――と思ったところで、何かが噛み合って引っかかるような、鈍い耳障りな音が響いた。
「…………」
視線を音源である扉の方向に向ける。どうやら誰かが扉を開こうとしているようで、音が鳴るのに従って扉が少しずつ動いているのが見えた。
……随分と都合の良いタイミングで現れてくれるものだ。
なんて思ったものの、都合が良い出来事なら歓迎するべきだと考え直した。
せっかく自分を動かすための熱が入ったのだ。その熱が引く前に事態を少しでも変化させておくべきだろう。
……さあ、何が来るかな。
そしてそんな風に考えながら、扉が開ききるのを待った。
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