主人公、事態を受け入れる 1


 ――意識が覚醒した。


 その事実を理解したときに芽生えた感情は、正直なところを言えば、安堵よりも困惑や落胆のほうが強かった。


 そう感じた理由は大きくわけて二つある。


 ひとつめの理由は、死ぬしかないような状況なんてそう何度も味わいたいものではないからだった。

 なにせ、こうして目覚めてしまったということは、あの感覚、あるいはあの状況を、少なくともあと一回は確実に体験することになるわけで。その事実だけでもうんざりするに値するというものである。


 そしてもうひとつの理由は、面倒事に巻き込まれた状況が変わっていなかったからだった。

 妙にリアルな夢だった――なんてオチで終わってくれれば楽だったのだけれども、そうは問屋がおろさないらしい。




 目を覚ましてまず理解したことは、自分が仰向けの状態で横たわっているということだった。


 次に、目を開けて周囲の状況を確認しようとして――久しぶりの光に目が痛くなるような思いをした後で、しっかりと見えるようになった視界に入ってきたのは石材で出来た天井だった。


「…………」


 そこで、自分の部屋ではないことを理解した結果としてがっかりしてしまった自分を、誰が責められるだろうか? 


 一瞬だけ――目を開く直前まで、あれが悪い夢であればいいのにと、都合のいい現実を夢想してしまったからだが。


 そうであれば一番楽なのだから、この状況になってしまえば誰だってそう考えるはずだと強く思う。


 たとえそれが、淡い期待でしかないと頭の片隅でわかっていたとしてもだ。


 とは言え、いざこうなってしまえば、意識を失う前から今に至るまで続いている状況は現実なのだと、いやがおうにも納得せざるを得なかった。


 ……まぁ、納得したからといって何ができるわけでもないがな。


 ひとまずは現状を確認し、情報を整理し、自分なりの考えをまとめることにしよう。そう決める。不毛かもしれないが、何もやらないよりはマシだった。


 この状況に巻き込まれてからずっと、そう自分に言い聞かせている気がするものの、それしか行動指針を出せないのだから仕方がない。


 とりあえず今わかることは、自分が今居る場所がどう考えてもどこかの建物の中だということだけだった。


 素材が木ではなく石となると、結構裕福そうな人間が住んでいそうなイメージがあったのだけれど、この世界だとむしろ一般的な建材なのかもしれないと思った。


 ……あの牢屋もそうだったしな。


 なんにせよ、最初にぶち込まれた牢屋に比べれば、天と地ほどの差が感じられるくらいにまともな部屋であることは間違いないだろう。


 ……寝たままの状態で得られる情報はそれくらいか。


 そう思って、得られる情報を増やすためにもと、上半身を持ち上げることにした。


 その際に体中に突っ張るような硬さを感じられたのは、長時間動いていなかったせいだろう。


 どれくらい気を失っていたのかが気になったものの、そこの確認は後でいいと疑問を切り捨てた。


 ……今は、周囲の環境について情報を得ることこそ最優先だ。


 そう考えて、痛みを堪えながら上半身を起こしきると、自分が横たわっていたベッドやシーツが存外まともな代物であることがわかった。清潔な、染みの見えない白いシーツが光を反射して目に眩しかった。


 あらためて視線を周囲に巡らせる。


 ここは、そんなに広い部屋ではないようだった。六畳くらいの空間で、調度品はベッドのほかには小さな机と椅子、そして自分の背くらいはありそうな大きさの箪笥らしきものがひとつあるくらいだった。


 右手には四角い窓があり、その向こうには木々の頭がちらほらと見えている。どうやらここは、二階以上の高さにある部屋らしい。


 左手には扉がある。木製の扉に金属の丸い取っ手がついているようなデザインで、少なくとも、誰かを閉じ込めるために用意された部屋につけるようなものではなさそうだった。


 ……この位置から得られる情報はこの程度か。


 では次に、と自分の体の状態を確認する。


 手は動く。足も動く。目は見えて、耳も聞こえるのだから、五体満足な状態といえるだろう。


 ただ、どの動きにも突っ張るような抵抗と痛みが伴う状態で、とても満足に動けると判断できるものではなかった。

 試しにベッドから立ち上がってみたものの――たったそれだけの動作にも結構な時間を要してしまったし、痛みに耐えていたせいか、息だって浅く荒れてしまう始末である。


 ……こんなザマじゃあ、誰にも見つからずに逃げる、なんてのは不可能だな。


 そんな結論が頭の中に浮かんで、思わず笑ってしまった。


 自分から現状を打破するために行動できる状態ではない以上、これから先も状況に流されることになることが明白だったからだ。


 ……まさに八方塞ってやつだ。


 もっとも、行動できる状態であるからといって行動することが正解であるとは限らないのだけれども。

 少なくとも、採れる選択肢が少ないということはイイコトではないだろうと思うだけの話である。


 そこまで考えてから、思わず口から溜息が漏れた。


 ……ホンットにどうしようもねえなこれ。


 情報が少なすぎる。自分から何をするともしないとも決められない。


 ……いやまぁ、自分から行動するとか、何をするか決めるだとかって胆力は元々無いんだけどさぁ。


 しかし、やれることが無いとなると、次の動きが見えてくるまでの――今ある時間はただ暇を持て余すだけとなってくる。


 であれば、もう一度寝てしまうのもアリなのだが。


 ……せめてやれることはやっておくべきだ。


 これからやってくるだろう出来事に対して対処できるように、それが出来ずともせめて頭だけは回るように、現状に対する自分なりの見解を用意しておくのが一番有益な時間の使い方だろうと判断する。


 ……暇つぶしとしてもちょうどいいしな。


 そして、そう考えつつベッドの縁に座り、窓の外を眺めながら現状について思考を回すことにした。



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