主人公、偉い人とこれからについて話をする 2
光に慣れた目で見た部屋の様子は、思っていたよりは地味なものだった。
装飾らしい装飾は殆どなく。壁のちょうど真ん中くらいの高さに等間隔でろうそく台が設けられているくらいで、あとは調度品として長机がコの字型に並べられているだけだった。
長机の前には五つの人影があった。どれもおっさんやおばさんだった。ただ、どいつもこいつも雰囲気からして偉そうであり――部屋の雰囲気はすこぶる重かった。
以前の自分であればビビッて萎縮してしまうところだっただろうけども、今となっては面倒だなぁとしか思わなかった。
この変化がいいことか悪いことかはさておき、気持ちの上で余裕があるという点だけは悪いことではなかった。思考がほどほどに回ってくれるからである。
……さて、第一声をどうしようか。
そんな風に一瞬だけ考えて、入ってくる直前の会話を思い出したからこう言った。
「夜中にいきなり呼び出すなんて不躾な真似をしてくれやがったってのに、まさか歓迎されている雰囲気もないとはな!
さっすが、自分たちだけの都合で他人を拉致ることができる悪人どもだ。他人の命を消耗品としか考えていないだけはある。俺にはとても真似できなそうにない」
そして、部屋の雰囲気が一瞬で鋭く攻撃的なものへと変化した。
……そうならなかったのは、上座に座っている一人だけか。
得られた反応に、ああやっぱりこの程度の連中が殆どなんだなと、笑いがこみあげてきた。
我慢する理由は無かったから、その笑みを堪えることなく浮かべながら続けて言った。
「事実を言い当てられたからって機嫌を悪くするなよ、ガキじゃあるまいし。
こんなのはただの序の口、挨拶みたいなものじゃあないか。
それで、呼び出したのは俺の処遇を決めるためだとかなんとか聞いたが、俺の話を聞く気があるのか? それともここは、てめえらが言いたいことを、俺に言うためだけの場か?
まずはそこをはっきりさせて欲しいものだ。後者なら居る意味がないからなぁ」
少しの間を置いて、誰かが口を開いた。
「……どうして君はそう攻撃的なのかね」
「攻撃的にならない理由がどこにあるんだ?
やっと憤りをぶつけていい連中が出てきたんだから、なおさらだ。
言いたいことは全部言うに決まってる」
このやり取りを皮切りに、他の者も次々に口を開き始めた。
「今、君の生殺与奪権を握っているのは私たちだと理解できているのかね?
自分の命が惜しくはないのか」
「だからどうした。言わなかったら状況が変わるのか? 変わらないだろうが。
だったら言いたいことを言っておいた方がマシだ。
命が失われる直前になったら惨めに命乞いをしてやるから、殊勝な態度を拝みたいならその時まで待ってるんだな」
「……口が悪いな」
「おまえらは性根が腐ってる。これでようやくお互い様だ」
「君は我らの事情を知らないだろう。どうしてそこまで悪し様に罵ることができるんだ」
「どんな事情があるにせよ、他人の人生を簡単に台無しにできる連中に好意を示せというのは無理な話だ。俺から見れば、おまえらとそこら辺に居る人殺しは大差ない。
俺の最初の言葉を聞いて、開き直れていたなら多少は違ったがな。
他人の命を使い潰すのは自分たちの国を守るためだ、なんて言い返してくるかと思ったが、悪し様に言われることに腹を立てる底の浅さが見えただけだ。
そりゃあ悪感情しか浮かばんだろう」
「何様だ貴様!」
「あえて言うなら被害者様だがそれがどうした。
言われなければわからんのか、加害者ども。
自覚しろよ。おまえらは誰かの助けを借りたい弱者だと、自分たちのことをそう思っているのかもしれないが、何も事情を知らない人間から見ればやってることはただの拉致だぞ。
それともなんだ、この世界では人身売買は合法だったのか?
――ああ、だとすれば常識が根本から違っていることも納得だ!
そうであるならば、悪し様に言ったことは謝ろう。
ただただ軽蔑だけしておくことにするよ」
「この、言わせておけば――!」
おお切れた、なんて他人事のように眺めていると、
「静まれ」
上座に座った一人が威厳のある声音でそう言った。
言い放ったわけではない。ただ静かにその言葉を口にしただけだった。
それでも、盛り上がっていた部屋の空気をその一言だけで収めてしまうのだから、この人物は他四人とは比較にならないほどの傑物か、あるいは偉い人間なのだろう。
……そもそも、こちらの第一声に対する反応も他と違っていたしなぁ。
そう思いながら、視線を上座に居る彼に向ける。
彼は、こちらの視線を受け止めた後でこう言った。
「君にも言いたいことがあるのはわかっている。
しかし、この場で行いたいのは話し合いだ。
こちらを煽るような言動は控えていただきたい」
「コンセンサスを取るために必要なやり取りだったさ。
少なくとも、俺にとって話す価値のある相手が誰かを理解することができたんだからなぁ。
できれば、あなた以外は退室してもらいたいぐらいだよ」
この言葉に再び他の四人が憤り気配を見せたものの、彼が視線を向けるだけで収まった。
その後で、彼はこちらの言葉に応じるようにこう言った。
「それは難しい。私一人で決められることでもない」
「そうか。それじゃあ仕方が無い。このまま話を始めるとしようか。
ただ、その話し合いを円滑に進めるためにも、まずは聞いて欲しい要望がある」
「……何かな?」
「病み上がりなもんでな、いい加減に座りたいんだよ。椅子を貰えるか?」
そう聞くと、彼は小さく笑った。そして、
「これは失礼を」
そう言って、彼がこちらの後方に目配せをした。
何があるのかと振り返ってみれば、扉の脇に二人ほど立って待機していたことがわかった。
「…………」
こちらの視線を意に介した様子もなく、そのうちの一人が部屋の外に出て行った。おそらく椅子を取りに行ったのだろう。
その後姿を眺めながら、彼らの存在に気付かなかった自分を思わず笑ってしまった。
我ながら節穴な目を持っているものだと、強くそう思ったからだった。
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