主人公、発見される 1
この世界に勇者を呼び込むことに成功した、という知らせがあったのは、かれこれ一週間以上は前のことになるだろうか。
あの日は、にわかに城内が騒がしくなったことをよく覚えている。
一般的に、勇者と呼ばれるものは御伽噺の上にしか存在しないものだと思われている。
勇者という単語を知らない人間はいないし。異世界からやってきた誰かが魔王や化物を退治したという伝説は各地に残っていて、魔王と呼ばれる者は今も存在し続けている。
その上で魔物と呼ばれる化物だって存在しているのだから、そういうものが居たっておかしくないという認識は広くあることだろう。
しかし、仮にそう名乗る者が居たとしても、そうである証拠は示しようがない。
だから世間一般では、勇者というのは想像上の概念というか価値観というか、そういうものでしかないわけだ。
為した功績をもって自ら名乗ることもあれば、周囲から褒め称えるための単語として使用される肩書きのひとつでしかない。
自分もそう思っていた一人だった。
――こうして国の業務に携わるようになるまでは、本当にそう思っていた。
けれど、紆余曲折あって国の一兵士として働き出してからは、その認識ががらりと変わってしまった。
なぜならば、勇者というものが結構な頻度で現れているものなのだということを、実体験として知ってしまったからだった。
なにせ、兵士として働き始めた最初の頃から、国としての動きの中に勇者という存在は既にあるものとして組み込まれていて、いる場合といない場合の動き方というか慣習のようなものが当たり前のように出来上がっていたのだ。
いやがおうにも、勇者の実在を実感してしまうというものだろう。
とは言え、今まで居ないと思っていたものが実在していた――ということに驚いていたのは最初だけだった。
そういうものだという常識に染まった場所で過ごしていれば、勇者という存在に新鮮味など無くなってくるのは当然のことだけれど。そうなってしまった最も大きな理由は、勇者という単語の指す実体が、国にとって都合の良い駒でしかないことを理解したからだろうと強く思う。
勇者とは、元は偉業を為したものを称えるために生まれた単語だったはずだが、現状では聞こえの良い肩書きにしかなっていない。
それを踏まえてやっていることだけを見れば、他所の世界から使い潰しても惜しく無い人材を連れてきているに過ぎないのだ。
……ひどい話だ。
それでも、勇者という存在には、召喚が成功したことに対して歓声が上がってしまうくらいの価値があった。
その価値とは、戦闘において並ぶもののない才覚を持っているということである。
彼らは、たとえどんな素人であっても、ほぼ間違いなく一騎当千に近い能力が備わるのだ。
最初こそ戦闘という行為に慣れさせなければならないものの、一度慣れさせてしまえばすぐに、そんじょそこらの兵団相手であればそうは負けない力を身につける。
一人で一軍あるいは一兵団に値する存在など、そう居るものではない。魔王や魔物の脅威があるこの世界において、そんな貴重な戦力が手に入るのであれば、それだけでやる価値がある。
そこに加えて、彼らは特別な能力を必ずひとつ持っているらしい。
この世界には魔術と呼ばれる技術があるが、彼らの能力はそのどれにも属さない特殊なもので。仮にその能力が魔術で再現できることであったとしても、その効率や規模は、魔術とは比較にならない場合が多かったようだ。
……仮に戦闘で使えないとしても、その能力を活かすことができれば国益に繋がるというわけだ。
やってみて、もしも出て来てくれれば利益になることしかない。
だったらやらないわけがない。
それだけの話だった。
とは言え、どうやって別な世界とやらから呼び出しているのか、呼び出す対象の選定基準は何か、呼び出された彼らがどうしてそんな能力を持っているのか――など、個人的には疑問は尽きないのだが。
……それを知ろうと思ったら、きっと自分の命を賭けることになるんだろうからなぁ。
そうまでして知りたいことでもない。
この話の肝心なところは、物語に登場するような勇者は過去にも実際に居て、今もなお需要があって呼ばれ続けているということと――彼らはこの国のある場所に存在する召喚場に現れていたということだ。
例外は無かった。
――今回までは。
最初に異変に気付いたのは当然、召喚場で儀式に携わる者たちだった。
その後に城内へと情報が行き渡り、急いで捜索隊が組まれることになったわけだ。
……想定外のことが起きれば、そりゃあ騒がしくもなるというものだろうさ。
これが自分に影響のない範囲であれば良かったのだけれど。不幸にも、その捜索隊の一人に選ばれてしまって、気が付けばこうして国中を駆けずり回る羽目に陥っていたのだった。
もっとも、探すアテは無いわけじゃあなかったらしい。勇者が生きているか死んでいるか、どの方向に居るのかを示す道具が存在したようだ。
……だから、最初は楽な仕事だろうと思ってたんだがなぁ。
ただ、大抵の場合ははっきりとその位置を示すその道具も、今回ばかりはまるで役に立たないようだった。
この道具は、勇者の力の大きさに応じてその位置を明確に割り出すことができるようになっているらしいのだが、どうやら今回の勇者はその力がかなり弱いとのことで。
居ることだけは間違いないと判断されたものの、その位置だけは判然としなかったのである。
異世界由来のものが勇者だけに限らないというのが原因のひとつだろう、と説明されても、実際に探している身としては何の役にも立たない情報であった。
そうして始まった捜索が、何の成果も得られないまま、一週間という時間が経っていればなおさらだ。
この国の国土がそう広いほうではないと言っても、そこには山もあれば森もある。その全土から、わずかな手がかりだけで一人の人間を見つけ出すというのは容易なことじゃあない。
終いには、本当は召喚なんて成功していなかったのではないかという疑いまで出始めたくらいだけれど、上の連中が捜索を終わらせる気配は無かった。
ただ、この作業が実は徒労そのものなのではないかと一度でも疑いが浮上してしまえば、士気に影響が出る。本当にあるのかどうかがわからないものに、先が見えないものに付き合わされるのは、誰だって気が進まないものだからだ。
そして、そんな気配を察知したのかどうかはわからないが――ついに捜索の期限が設けられることになった。
人間というものは、終わりが決まればそれまでは、と頑張れるものである。
仕事なわけだから、むしろ手を抜いている状態を責められなかったことを喜ぶべきだったかもしれないけども。それはさておき。
そんな経緯でもって追加された捜索日数は一週間だった。
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