主人公、面倒事に巻き込まれる 3


 その場から離れる判断をしてからは、あてどなく彷徨う様に、ただひたすらに歩き続けた。


 そして日も傾き始めた頃になってようやく、木々の隙間に人影を見た――気がした。


「…………」


 誰かを見つけた、かもしれない。


 その事実に思わず固唾を吞んだ。


 ……これが緊張せずに居られるものかよ。


 自分ではどうにもできない状況だからこそ誰かを頼りたい。そう考えるのはごく普通のことだろうと強く思う。


 ……だから、あの場から離れることにしたんだろうが。


 ゆえに、自分以外の誰かと接触することは目的のひとつであって、それを達成できたこと自体は喜ばしいことだと言っていい。


 しかし、しかしだ。

 今見つけたそれが自分の知っている人間の形をしているのかどうかもわからなければ、言語が通じるのかもわからないし――仮に意思疎通が出来たとして、それが何だというのだ。どちらにしたって、相手が自分のことを助けてくれるかどうかなんてわかるはずもない。


 ……それでも。


 不安に緊張が上乗せされて、頭の中は理不尽な現状に対する罵詈雑言と、これから起こるかもしれない嫌な可能性でいっぱいになっていた。


 ……それでも、行くしかないんだよ。


 他に選択肢がない。思いつかない。そうであるならば、進むしかない。


 歯を食いしばりながら自分にそう言い聞かせて。可能な限り音を立てずに、急いで人影を見た方向に進んでいく。


 そうやってしばらく足を進めて――何も見つからなかったので勘違いだったかのかと諦めかけた頃になってようやく、自分の五感が正しかったことが証明されることとなった。


 視界の中、先の方にある木々の陰に、確かに人影が二つあることを確認できたからだ。


「…………」


 その二人が居る場所は緑が薄い場所だったから、二人の容姿も確認することができた。


 どうやら、着ているものや体の形はどうやら自分の知っているものと同じらしい。


 その事実にほんの少しだけ安堵した自分がいたから、


「……まだ何もわかってない」


 そんな言葉を口にして、気持ちを引き締めた。


 視界が通っているということは、向こうも気づけばこちらを視認できるということでもある。慎重に身を隠しながら、音を立てないように注意しながら、彼我の距離を詰めていく。


 そうすれば、二人の会話が次第に耳に入ってくるようになっていき。聞こえる声がなにやら耳に覚えのない音であることと、同時翻訳――外人が喋ってる横で通訳が喋る感じで、自分の知っている言語で内容が頭に入ってくることを認識した。


 だから、ここがどうやら自分のいた世界では無いということも理解した。一気に色々な物事のハードルが上がった気がした。


 ……どうしたもんだこれ。


 ここが異世界であるだろうことは確定して。その異世界の人間を見つけることはできた。


 じゃあこれからどう行動するべきだろうか、と自問する。


 今ある選択肢は声をかけるか、かけないかだ。


 ……考えるまでもないか。


 逡巡は一瞬だった。


 なぜなら、選択肢がその二つしかないのであれば、生き長らえる可能性が高いのはどう転んだって声をかける方だったからだ。


 今の自分だけじゃあ、こんな場所で生き残ることなんてできやしない。どうやったって死ぬしかないなら、何もしないよりも何かした方がマシという状況なのだ。


 それでも接触を躊躇う理由があるとすれば、それは、奴隷のように扱われたり拷問の類にかけられる可能性があるということだが――こればっかりは、そうならないことを居るかどうかもわからない神様に祈るしかなかった。それがたとえ、こんな状況に放り込んでくれやがったかもしれない相手だったとしても、である。


 ……ああ、出目が悪い方に出ないことを期待するしかないのか。


 感情が納得しなくても結論が動かないのならば、それに従って行動するしかない。それはわかっている。


 わかっているが、選択肢を増やすことが出来ない事実に歯痒さを感じることは止められなかった。



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