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私と坪内さんは電車通勤だ。
行きも帰りも結構な人で溢れている。
電車にぎゅうぎゅう押し込まれる中、背の高い坪内さんはさりげなく私を庇うように立ってくれる。
そんな優しさもちゃんと気付いていたよ。
電車が揺れるたび、坪内さんの胸元に顔がぶつかりそうになる。
このたくましい胸の中に素直に飛び込みたいなと、ぼんやりしながら思った。
近くにいる大学生の集団から、あの人かっこいいという声が聞こえてくる。
視線の先を辿ると、坪内さんだ。
坪内さんもう30歳だし、大学生からしたらおじさんの域なんだろうに、社内でも社外でもキャーキャー言われるんだなあ。
やっぱりイケメンなんだと実感してしまうよ。
そんな人の隣が私で大丈夫?
見劣りしちゃうよ。
電車に揺られながらぼんやり横顔を眺めていたら、その視線に気付いて坪内さんがこちらを向く。
「天野さんと仲いいんだな。」
「えっ、はい、同期で一番仲いいんです。」
「うん、秋山を知り尽くしてる感半端ない。」
「そうですね、そうかもしれないです。」
奈穂子は私より、私のことをわかってる気がする。
本当にもう、お世話になりっぱなしで頭が上がらない。
「ライバル決定だ。」
「へっ?何のライバル?」
意味がわからず首を傾げると、頭をぽんぽんと撫でられた。
最寄り駅の改札を抜けると、静かな住宅地だ。
さっきまでの賑やかしい喧騒が嘘のようになくなる。
家まで徒歩5分の道のりを、並んで歩く。
ちゃんと歩道を歩いているのに、歩道の中でも私を車道側にさせまいと、坪内さんは自然と場所を移る。
そんな些細な優しささえも胸を打つんだよ。
毎日優しさに包まれて、愛されていることをひしひしと感じて。
もうどうしようもないくらい好きで好きで。
好きでたまらなくなってるんだ。
そっと、坪内さんの手に触れた。
坪内さんは何も言わず、そのまま手を握ってくれる。
初めて繋いだ手の温もりがあたたかすぎて、離したくなくて。
「坪内さん、好きです。」
気付いたら口からポロっとこぼれ出ていた。
ああ、奈穂子の言っていたことは本当だ。
溢れたら自然と出てくるもんなんだ。
坪内さんは足を止めると、私の顔を覗きこんで言う。
「もう一度、俺の目を見て言ってよ。」
艶っぽい王子様スマイルで私を見つめる。
恥ずかしいけど、伝えたい気持ちの方が勝って、私は言った。
「坪内さんが好きです。」
その瞬間、坪内さんは繋いでいた私の手をぐいっと引き寄せた。
体が揺れて何事かと思ったけど、それは坪内さんの大きな胸に顔を埋めるようにして抱きしめられていたからだった。
ずっと、この胸に飛び込みたいと思っていた。
毎朝寝ぼけながら腕を引き寄せられるものとは訳が違う。
大きくてあたたかくて、それでいて優しさで包まれる。
「ようやく捕まえたよ、お姫様。」
耳元で言われてくすぐったくなる。
お姫様とか、そんな歯の浮くような台詞、似合うのは坪内さんだけだよ。
でも嬉しくて自然と頬が緩んだ。
見つめ合ったら、坪内さんが今までにないくらい優しい顔で私に影を落とす。
私はそっと目を閉じた。
軽く、触れるだけのキスなのに、幸せでとろけてしまいそうだった。
「続きは帰ってからな。」
ニッコリ言われて、気付く。
家の近所の道端で、何をしているんだ、何を。
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