32

部屋の明るい灯りの下で、改めて坪内さんと向き合う。

好きだと言ったけれど、急に恥ずかしさでいっぱいになった。

な、何か言わなければ。


「ご、ご飯作りますか?」


テンパって出てきた言葉は、色気より食い気だった。

とたんに坪内さんは笑い出す。


「俺はご飯より日菜子を食べたい。」


あああ。

好きだと言ったとたんに名前呼びだよ。

それに私を食べたいとか、肉食にもほどがある。

心臓がいくつあっても足りないくらいだ。


坪内さんは私を引き寄せると、さっきよりも激しくキスをした。

すごく優しくてこのまま流されそうになるのを必死でこらえる。


「まっ、待ってください。」

「何?」

「聞いてほしいことがあるんです。」


好きな気持ちは伝えた。

あとは不安な気持ちを伝えなければ。


私のトラウマを。


不安な気持ちを受け入れてもらえるだろうか。

私は震えそうになる声を抑えながら、口を開く。


「私、今までまともな恋愛したことなくて、いつも何か違うって振られてばかりで、最後の彼には浮気されたんです。浮気現場も見ちゃって、それがトラウマでもう恋愛なんてしたくなくて。だけど坪内さんのこと好きになっちゃって。こんな私が上手くやっていけるのか、坪内さんをがっかりさせちゃってまた振られたらどうしようとか…。」


言いながら、だんだん俯きがちになってしまう。

そんな私の手を、坪内さんは包むように握ってくれる。


「俺は日菜子を振った男たちにお礼を言いたいね。俺と出会うための御膳立てをしてくれたわけだろう。特に最後の浮気男な。あいつがいなかったら俺は日菜子を好きになっていなかったかもしれない。あの時の涙が、俺の心を動かしたんだからな。」


そういえば、私の失恋の涙を偶然見られていたんだった。

それがきっかけで私を気にするようになったと。


「俺はどんな日菜子でも受け入れるよ。それは日菜子も一緒だ。俺の方ががっかりさせるかもしれないだろ?それでも受け入れてくれるか?」

「がっかりだなんて…、全然ないです。」


私は首をフルフルと振る。

坪内さんは私の手を握り直して、艶のある声で囁く。


「一緒に暮らし初めてからの俺を褒めてほしいくらいだ。好きな女が目の前にいるのにおあずけをくらってるんだ。よく耐えた、俺。」


坪内さんはうんうんと、一人頷いた。

私は申し訳なくなりながらも照れてしまって、頬に熱を帯びるのがわかる。


「だから、何も心配しなくていい。俺についてこいよ。」


握っていた私の手を放したかと思うと、坪内さんは両手を広げた。

胸に飛び込んでこいと言わんばかりの、自信に満ち溢れた顔。

私は恐る恐る近付く。

坪内さんは私が伸ばした手をつかむと、一気に引寄せて抱きしめた。


「日菜子、好きだよ。」

「私もっ。」


そのまま押し倒されて抱かれるのかと思ったのに、私のお腹がぐううっと鳴り響いた。


察しろ、私のお腹。


「食い気の秋山だったな。」


坪内さんがお腹を抱えて笑う。


「ご飯食べたら一緒にお風呂に入ろうな。」

「えっ、ええっ。」


私の反応を楽しむかのように、坪内さんはいたずらっぽく笑った。


嫌だと拒否したのに、無理やり一緒にお風呂に入らされ、恥ずかしさのあまり固まった私の体を隅から隅まで丁寧に洗ってくれる。

髪の毛もドライヤーでいつも以上に丁寧に乾かしてくれて、お姫様扱いだ。

なんか、坪内さんの手によって綺麗に清められたみたいだよ。


手を引かれて坪内さんのベッドへ行く。

たくさんたくさんキスをしてもらって、たくさんたくさん愛してもらう。


好きすぎて溢れた涙はこの前と一緒。

だけど違うのは、それが嬉しくてたまらないということだ。

釣った魚に餌はやらないタイプだったらどうしようという想いは杞憂に終わった。

彼はとことん私を甘やかす。

腹黒で悪魔だなんて思ってたけど、実は激甘だった。


今日も私は坪内王子様に甘やかされて愛されるのだ。




【END】

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