30
帰り支度を始めた私のところに、珍しく奈穂子が顔を出した。
「日菜子、一緒に帰れる?ちょっとお茶でもどう?」
二人、定時で上がって、駅前のカフェへ行く。
私はいつものほうじ茶ラテ、奈穂子はカフェオレ。
ここ最近の定番だ。
このカフェのほうじ茶ラテが美味しくてハマって、毎回違うものにしようか悩みつつも注文してしまう。
そういえば坪内さん、ほうじ茶ラテのアイスクリーム買ってきてくれたな。
私が好きなの、ちゃんと覚えててくれてたんだ。
今更ながら気付く。
「王子様と付き合ってるって噂、また流れてきたよ。」
「あー。」
「ついに告白した?」
奈穂子の目がとんでもなく楽しそうだ。
早く聞かせろと言わんばかりにキラキラしている。
「残念ながら告白してないよ。」
「なーんだ、つまんない。」
奈穂子はわざとらしく唇を尖らせた。
「ちょっと、楽しんでるでしょ。」
「真剣だよ!日菜子の人生かかってるんだから。」
その割には口元がニヤニヤしている。
素直に告白できたらね、どんなにいいことか。
私は短いため息を落とした。
「奈穂子は彼にどうやって想いを伝えたの?」
「はい?」
私の質問に、奈穂子はすっとんきょうな声を出す。
「模範解答示してよ。」
「そういうの、模範解答ないでしょ?」
片肘を付きながら、呆れた目で私を見てくる。
「日菜子だって前の彼氏とどうやって付き合い出したのよ?」
「うーん、告白されてはいって返事して…。それからどうしたんだっけ?忘れちゃった。」
思い出そうとするも、全然思い出せない。
たぶんその時は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしたはずなのに。
「ほらね、そんなもんなのよ。早く好きって言っちゃいなさいよ。」
奈穂子は急かすように手をヒラヒラとさせる。
そんな簡単に言われましても。
「タイミングがつかめない。」
「タイミングなんていらないでしょ。なんの脈絡もなく好きって言ったって構わないわよ。」
「変な子じゃん。」
「日菜子もともと変な子だから大丈夫。」
「フォローになってないよ。」
「それに、好きな気持ちが溢れちゃったら、嫌でも口から出てくるんじゃない?」
好きな気持ちが溢れちゃったら…かぁ。
もう、溢れんばかりなんだよね。
きっかけさえあればポロポロ溢れてしまいそうだ。
「ふふ、それにしても、日菜子そうとう王子様のことが好きなんだね。この前飲んだときとは大違い。」
確かに、あの時は自分の気持ちに悩んでいた。
でも今は違う。
「いいことだよー。」
そう言って、奈穂子は満足げに笑った。
すっかり冷めてしまったほうじ茶ラテを飲み干す。
甘さと少しのほろ苦さが、私と坪内さんの関係を物語っているようだった。
甘い甘い坪内さんに、気持ちをはっきりさせないほろ苦な私。
ほうじ茶ラテみたいに、混ざり合うことによって美味しくなるように、私たちも気持ちを通わせたらもっといい関係になれるのかな。
「そろそろ帰ろうか。」
黙りこんだ私に、奈穂子が声をかける。
「あ、彼を待たせたら悪いよね。」
同棲している奈穂子の彼のことを思って言ったのに、
「うん、日菜子の彼ね。」
と、奈穂子は外を見やる。
ガラス張りのお店の外に、坪内さんの姿が見えた。
「え、何で?」
「会社出るときに、王子様に日菜子お借りしますって伝えたら、仕事終わったら迎えに行くって言われてさ。愛されてますなー、日菜子サン。」
キョトンとする私に爆弾を落としてくる。
ぐっ、奈穂子め、わざと声かけたな。
「いつまでも王子様を待たせちゃダメだよ。王子様は人気なんだから。早く私のものって宣言しておきなね。」
捨て台詞のような言葉を私に投げ掛けて、奈穂子は笑顔で帰っていった。
ぐいぐい引っ張る奈穂子に、私はたじたじだ。
私も奈穂子みたいな積極性があったらいいのに。
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