25

えー。

何でこうなるの?


熱があると言っても自覚はないし元気なので、一緒に朝食をとる。

ご飯を二口食べて箸が止まった。

そこで、ようやく気付く。


私、熱あるみたい。

全然ご飯が食べられない。


「坪内さん、私やっぱり熱ありますね。ご飯食べられない。体温計壊れてると思ったけど違ったかー。」


私の言葉に坪内さんは苦笑する。


「体温計まで疑われていたとは、体温計に同情するな。」


まあね、坪内さんのことも体温計のことも疑ってましたよ。

だって全然フラフラしなかったんだもん。


「無理に食べなくていいから。俺がベッドまで運んでやるよ。」

「えっ?」


坪内さんは隣に来たかと思うと、ひょいと私をお姫様抱っこした。

軽々持ち上げられて焦る。


「自分で歩けます。」

「病人はおとなしくしろ。」


ジタバタする私に、坪内さんは一喝する。

だって、そんな、お姫様抱っこだよ?

体はくっついてるし、顔は近いし、そもそも私はこの宙ぶらりんな手をどうしたらいいの?

坪内さんの首に回せとでも?

考えれば考えるほど顔が赤くなってしまう。


「恥ずかしい~!」

「誰にも見られてないのに恥ずかしいことあるかよ。」


私の言葉に坪内さんはため息混じりに笑った。

坪内さんは私をベッドに優しく下ろすと、布団を掛けてくれた。

誰かに布団を掛けてもらうなんて、小さい頃親にされた以来かもしれない。


「起きたばっかりだから、寝れないですよ。」

「子守唄歌ってやろうか?」


坪内さんはベッドの脇に座って、私の髪を触る。

仕事用にひとつに束ねた髪を優しくほどいて、手ぐしで整えてくれた。


「子守唄だなんて、こっちが恥ずかしくなるのでやめてください。」


ピシャリと断ると、坪内さんは不満げな顔を見せた。


「何か食べたいものはあるか?」

「ないです。全然食欲がわかないから何も思い付かないです。」


横になっていると、段々自分が熱があるという感覚がわかってくる。

血が巡ってきて、体が熱いやら寒いやらよくわからない。


「よく、気付きましたね。」

「うん?」

「熱があること。」


自分でも全く気付かなかったのに。


「いつもと様子が違ってたからな。俺は秋山をよく見てるだろ。」

「何それ、恥ずかしい。」

「上司だからな。」


甘ったるい笑みを称えながら頭を撫でられる。

私は恥ずかしくなって布団で顔を半分隠した。


でも確かにそう。

坪内さんは私のことをよく見ててくれる。

一緒に住んでみてよくわかったよ。

すごく細やかな気遣いをされているの、気付いてた。

お風呂だって先に入れっていうし、髪だって乾かしてくれる。

先に寝ちゃっても文句言わないし。

ご飯も美味しいって食べてくれる。

ちょっと疲れてると、作らなくていいって言って食べに連れていってくれる。

スーパーに行けば重い荷物を持ってくれるし、歩く速さも歩幅の狭い私に合わせてくれるんだ。


今だってそう。

こんなに優しい目で私を見てくる。

優しい声で心配してくれる。

それが、嬉しくてたまらないの。


「どうした?」


会社では見たことのない、優しい王子様の顔。

私だけに見せてくれてるって信じてもいい?

まだ私のこと、好きだって思っててくれてる?


ああ、何だか涙が出そう。

私は布団を頭までかぶった。


「秋山?」


坪内さんの心配そうな声が聞こえる。

とっても優しくてあたたかくて。

ヤバイな、ヤバイよ。

胸がきゅんきゅん締め付けられてヤバイ。


私は布団に潜ったまま言う。


「坪内さん、アイス食べたいです。あと、ポカリ。」

「じゃあ買ってきてやるよ。」


坪内さんがベッドから立ち上がる。


「ちゃんと寝てろよ?」

「うん。」


そう言って、頭をポンポンと撫でてくれる。

ふっと柔らかな笑みを残して、坪内さんは部屋を出ていった。


坪内さんの気配が消えて、私の涙腺は崩壊した。

奈穂子の言うとおり、私は坪内さんが好きでたまらない。

いつの間にか大好きになっちゃって。

恋愛なんてしない、一人で生きていこう、なんて、ただの強がりだと思い知らされた。

優しくされるたび、笑顔を向けられるたび、私の胸はぎゅっとなる。

意地悪な言葉にも厳しい言葉にも、坪内さんの優しさが感じられて、嫌な気持ちにならない。


坪内さん。

私、

坪内さんのこと、

信じてもいいですか?

好きって伝えたら、

受け入れてくれますか?

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