六章 ◆好きだからこその葛藤がそこにある
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週末になったので、不動産屋さんに行く。
坪内さんちに住むことにしたので、火事で悲惨な状態になったアパートを解約するのだ。
社会人になってから住み始めたアパート。
大家さんがいい人で、いろいろ教えてくれたっけ。
とてもお世話になったけど、今回ばかりは仕方ない。
後で菓子折だけでも持ってくかな。
今月いっぱいで解約して、荷物は引っ越し業者の単身用のプランで運ぶことにした。
少しずつ運ぶと言ったのに、坪内さんが勝手に手配してしまった。
強引だよ、あの人。
でも私は意外と荷物が少なかったらしく、結果的に安く引っ越しできてラッキーだ。
坪内さんは今のベッドを捨てて、ダブルベッドを買おうとか寝惚けたことを言っている。
気が早い。
大体、ダブルベッドなんかどこに置こうというのだ。
ていうか、そこまで気を許した覚えはないので断固拒否だ。
一緒に寝るとか、ないからね。
毎朝、朝食の準備をしてから坪内さんを起こすのが日課になりつつある。
よくよく聞いたら、今までギリギリまで寝て朝食はとらずに出勤していたそうだ。
言われてみれば、毎日始業間際にやってきて、デスクでブラックコーヒーを飲んでいた気がする。
えー。
じゃあ、私の一宿一飯の恩義は何だったのか。
実は迷惑だったのでは…?
「じゃあ、坪内さんは朝は食べない派なんですね?」
「いや、食べる派だ。」
意味不明なんですけど。
「秋山が食べるなら俺も一緒に食べるよ。だから、毎日起こしてよ。」
要するに、起きれない人なのね?
坪内さんの意外な一面だ。
何でも完璧にスマートにこなしてそうだったのに、こんなダラケた部分も持ち合わせているとは。
まあ私は朝は強い方だし、いつもちゃんと家で朝食をとってから悠々と出勤していた身なので、坪内さんを起こすくらいどうってことはない。
だけど起こしに行くと、毎回ベッドへ引きずり込まれそうになる。
腕を引っ張られて引き寄せられるのを、毎回堪えているんだよ。
油断も隙もあったもんじゃないよね。
私だけ先に食べて、先に家を出ていこうと思ったけど、それは坪内さんが許さない。
一緒に出勤したがる。
だから私は早めに起こすようにしている。
ギリギリ出勤は嫌なのよ。
一緒に出勤すると、嫌でも目立ってしまう。
だって坪内さんファンって多いんだもの。
王子様って呼ばれてるくらいだから、皆の視線を釘付けにしている。
当の本人は微塵も気にしていないようだけど。
最初は王子様ファンの目がちょっと気になったけど、それも慣れてしまった。
慣れって怖い。
夜も定時あがりのときは私がご飯を作る。
残業したら一緒に外食したり。
まるで恋人同士。
でもそれ以上の関係にならないのは、私がちゃんと返事をしていないからで。
更に言うと坪内さんが紳士だから。
イケメンは手が早いと先入観をいだいていたけど、そうでもない。
一緒に住んでも全く手を出してこない。
いや、もしかしたら私に魅力を感じていないだけかも。
いや、だからといって手を出されても困るんだけどね。
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