20

奈穂子がニヤニヤして、


「日菜子と王子様に乾杯!」


と上機嫌だ。


待て待て、何を勘違いしているの。

ちょっとお世話になっただけだよ。

私はいたって冷静に否定する。


「でも、王子様に好きって言われたんでしょ。」

「言われたけど、期待には応えられないって答えた。」


私の言葉に奈穂子は持っていたジョッキをドンと音を立ててテーブルに置く。

そして眉間にしわを寄せ、低く冷たい声で言う。


「バカなの?」


うん、バカだと思う。

自分でもどうしたらいいかわからないんだよ。

自分の気持ちがわからない。

めっちゃ困ってる。


「坪内さん、すごい心をこじ開けてくるの。こじ開けるくせに土足で上がるわけじゃなくて、靴脱いで上がってくる感じ。」

「すごい表現ぶっこんできたわね。」


奈穂子が呆れたように息を吐き出す。


「ねえ、どうしたらいい?」


自分の気持ちを整理できなくて、奈穂子に助けを求めた。

奈穂子はエビマヨを頬張りながら、うーん、と考える。

いや、ただエビマヨを食べてるだけかもしれない。

このエビ大きいから口いっぱいになってしゃべれないし。

めっちゃモグモグしてるし。


奈穂子がしゃべらないので、私もエビマヨをひとつ口に入れる。

エビめっちゃでかい。

これは無言になるわ。

私がモグモグしていると、突然奈穂子が聞いてくる。


「日菜子は王子様が好き?」


ぐっとエビが喉に詰まりそうになった。

慌てて水で流し込む。


「…嫌いじゃないよ。」


そう、それが今の正直な気持ち。


「一緒にいてどう思うの?」

「わかんないけど、嫌じゃない。だけど甘えるのが怖いよ。今日だって、あんまり遅くなるなよって言うんだよ。私が坪内さんちに帰るの前提じゃん。私はビジネスホテルに泊まる気なのにさ。」


愚痴にも似た私の言葉に、奈穂子は真剣な眼差しで反論する。


「好きな人に甘えることの何が悪いの?好きな人だから甘えて、その分好きな人も甘えさせてあげる。持ちつ持たれつの関係、どうでもいい人となんて出来ないでしょ。」


それはそうかもしれないけど、だけどそれは奈穂子みたいに信頼できる彼氏がいるから言えることなのでは?


「坪内さんは私に甘えてこないよ。私を甘やかすだけだもん。」

「それは日菜子が王子様にちゃんと返事してないから。遠慮してんのよ。さすが王子様よね、ちゃんとわきまえてる。」


私の反論に、奈穂子は更に反論する。

しかも完全に坪内さんの味方だ。


「それに日菜子、わかってる?今の言葉、世間ではのろけっていうのよ。」


奈穂子の言葉に、ぐうの音も出なかった。

勝ち誇ったような顔をする奈穂子に、一応聞いてみる。


「私、坪内さんのこと、好きなのかな?」


私の問いに、奈穂子はわざとらしく大きなため息をついてビールジョッキを片手に力説する。


「それを私に聞く?まあいいわ、言ってあげるわよ。日菜子は王子様のことが大好きでたまらない。」


他人の口から言われると恥ずかしい。

でも、そうなんだよ。

一緒に仕事するのも楽しいし、ランチでお店を開拓するのも楽しい。

坪内さんの家でご飯を作るのだって、美味しく食べてくれるといいな、喜んでくれるといいななんて考えちゃうし、ただいまって帰ってくるのを見ると、おかえりって迎えちゃう。

髪を乾かしてもらうのも嬉しくてたまらないし、私がベッドを拒否してソファーで寝ることも、しぶしぶながら尊重してくれる。

明日不動産屋に行こうと思ってるけど、本当は気が進まない。

たった数日で、私は坪内さんから離れがたくなってしまった。


だけどそれを坪内さんに伝える勇気はないよ。

だっていつかまた、あのときのように捨てられたらどうしたらいいの?

今度こそ立ち直れないよ。

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