17

テーブルに並べられた料理を見て、坪内さんは言う。


「夕飯作ってくれたのか?」

「暇だったんですよ。坪内さん全然帰ってこないから。」


私はぶっきらぼうに言うと、お味噌汁を温め直すために鍋に火を点ける。

今日のメニューはブリの照焼にほうれん草のお浸し、それからわかめと豆腐のお味噌汁。

品数は少ないけれど、その分丁寧に作った。

お肉かお魚か迷ったけど、今日はスーパーでブリが特売で、1切100円だったんだ。


「秋山って料理上手だな。」

「そんなことないですよ、普通です。一宿一飯の恩義です。」


褒められたのに、意地っ張りな私は可愛げのない返事をする。


「なんだそれ。泊まった分だけ料理してくれるのか?」

「そりゃまあ、それくらいしか返せるものがないですからね。」


宿泊代は受け取ってもらえないんだから、私ができることと言ったらそれくらいだ。

あとは掃除とかかな?


「じゃあ毎日頼む。」

「はあ?ダメです。今日だって泊まる予定ではないんです。」


毎日とか何を言い出すんだ。

そんなことになったら、本当に一緒に住んでしまうじゃないか。


「いいじゃん。」

「よくないですよ。今日は坪内さんが無理やり鍵渡すから来ただけです。」


そう言って、私は頬を膨らませた。


坪内さんは夕飯を完食すると、片肘をついて私を見つめる。


「なあ、ここにいる秋山は、素の秋山?それとも猫被ってる秋山?」

「さあ、どうでしょう?少なくとも上司に向かって、はあ?とか言っちゃう時点で、猫は被ってないですよね。」


自分の言動を自虐的に笑ったら、


「そんな秋山も好きだな」


と坪内さんは言う。


とたんに、頬が赤くなるのがわかった。

何でこの人は、そういうことを恥ずかしげもなく臆することもなく、さらっと言うのかな。

そんな真っ直ぐな気持ちを向けられれば向けられるほど、私は自分の気持ちがわからなくなる。


絶対恋はしないししたくないと思っているのに。

一人で生きていこうと決めているのに。

どうしてそうやって、私の心をこじ開けようとしてくるのよ。


「なんで…私なんですか?」


そう、聞いてみたかった。

ずっと疑問だった。

まわりから人気でイケメン王子様だと言われている坪内さんが、何で私を好きになったのかを。

だってイケメン王子様の隣には、可憐なお姫様がセオリーでしょ。

私なんて可憐の”か”の字も感じられないのに。

いつも坪内さんに反抗的で、雑な扱いをしているんだよ。


「好きに理由なんているかよ。」


私の気持ちとは裏腹に、すっごく曖昧でそれでいてある程度説得力のある返事が返ってきた。


「そんな…。」

「そうだな、まああえて言うなら、秋山の泣き顔に惚れたってとこだな。」


へっ?

泣き顔?

いつどこでそんなものを見たの?

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