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今日は会議もなく坪内さんからの指示もないのでゆったりと庶務業務をする。
課長からの仕事も、残業するほどの量ではない。
というより、課長は仕事の采配も上手く、私に残業させるほどの仕事を振ってこない。
そういうところも尊敬するところなんだよね。
定時前に坪内さんが私の席にやってきた。
まさか今から仕事を振られるのではと身構えたが、違った。
「秋山は定時で帰るんだろ?俺は今から会議があって遅くなるから、先帰っとけ。」
渡されたのは、坪内さんの家の鍵。
「じゃあな。」
「えっちょっと待って。」
坪内さんは私の返事も聞かず、スタスタとフロアを出ていった。
残された私は手元に置いてかれた鍵を見て焦る。
私は一泊しかしないんだってば。
今日こそビジネスホテルへ泊まろうと思っていたのよ。
それなのに何てものを渡してくるんだ。
どうしたらいいの?
あーもう、坪内さんのバカ。
これ、私が逃げたら坪内さんは家に入れないってことだよね?
それはさすがに、まずいでしょ。
くそう、行くしかないのか、行くしか。
帰りがけにスーパーに寄って少し食材を買った。
坪内さんちの冷蔵庫はスッカスカだ。
外食が多いんだろうなと思わせる。
先に帰ったって他人の家ではやることがない。
せいぜいテレビを見るくらいだ。
だったら夕飯でも作って待ってやろうじゃないか。
私だって就職をしてからずっと一人暮らしをしている。
元彼と付き合っている時は結婚も視野に入れていて、少しだけ料理教室にも通った。
その経験が今活かされようとは、皮肉なもんだ。
だいたい、坪内さんもカップ麺とかレトルトとか、そんなのばっかじゃダメだ。
お昼だって外食ばかりなのに、あの人の食生活ヤバいんじゃなかろうか。
朝はえらく感動してくれていたことを思い出す。
そうだ、朝の感動を超えるくらい、美味しいってうならせてやろう。
そして帰ってきたら、めちゃくちゃ文句を言ってやるんだ。
インターホンがピンポーンと鳴る。
モニターを見ると坪内さんが映っている。
バタバタと玄関を開けると、
「ただいま」
と言う言葉と笑顔が降ってくる。
あんなに文句を言ってやろうと意気込んでいたのに、私は、
「おかえりなさい」
としか言えなかった。
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