12
漫喫って寝れないんだな。
よく、飲み会で終電逃したから満喫に泊まった、とか言う話を聞いていたから、そういうもんなんだと思って私もやってみたけど。
体が痛いわ。
シャワーもあるし食べ物もあるし便利は便利だけど。
やっぱりビジネスホテルにすればよかった。
後悔をしつつ、会社に行っていつも通り仕事をこなす。
無意識に盛大な溜め息が出た。
ちょうど通りかかった坪内さんが、私を見て足を止める。
「どうした?」
「どうもしませんよ?」
「隈ができてるぞ。」
「うそっ。」
化粧が甘かったかな。
後で直そう。
目の下を隠すように両手で頬を押さえる。
「無理すんなよ。」
坪内さんは肩を控え目にポンと叩いて、去っていった。
そういう細やかな優しさは罪だ。
胸がぎゅっとなってしまうからやめてよ。
それにしても、今日はどこに泊まろう?
地元じゃないからビジネスホテルがよくわからない。
いや、地元でもビジネスホテルなんて泊まったことがないから、どんなものかもわからない。
どうしよう。
煙臭くても家に帰ろうか?
それとも、もう一泊漫喫に泊まろうか?
仕事が終わって、会社のエントランスでスマホとにらめっこをする。
とりあえずビジネスホテルを検索してみるも、意外とたくさん出てきて混乱してしまう。
あーもう、どうすりゃいいんだ。
エントランスに設えられている打合せ机に、身を投げ出すように突っ伏した。
ふいに肩を叩かれ顔を上げる。
「奈穂子…。」
「やっぱり日菜子だった。お疲れ様、こんなところでどうしたの?」
奈穂子は私の隣の椅子に腰を下ろし、心配そうに尋ねてきた。
「何かあった?」
いつもそう。
私が困っているときに彼女はスーパーマンみたいに颯爽と現れるんだ。
元彼の浮気現場を見たときも、タイミングよく現れてくれて、それで頼ったんだっけ。
「実はさ、」
私は奈穂子に、隣の家が火事でうちのアパートの壁が焦げたこと、焦げ臭くて住めないことを告げた。
「ホテル生活をしようか迷ってるんだよね。どこかいいホテル知らない?」
「うちに泊まる?」
奈穂子ならそう言ってくれると思った。
だけど私は丁重にお断りする。
「大丈夫、大人だから。それに、彼氏さんに悪いよ。」
「日菜子、大人だからこそ頼っていいんだよ。それに、彼は絶対いいって言うよ。」
一泊で解決する問題なら、奈穂子に甘えたかもしれない。
今ここで一泊させてもらったとしても問題を先送りにするだけだ。
それに、”彼は絶対いいって言うよ”って言葉に、僅かながら嫉妬してしまったんだ。
好きな人とちゃんと信頼関係が築けている証拠だから。
こんな気持ちになるのも、全部坪内さんが悪い。
私は一人で生きていこうと決めているのに。
「あっ。」
突然立ち上がる奈穂子を視線で追うと、そこには残業終わりであろう坪内さんがいた。
奈穂子は坪内さんに駆け寄って何かを話している。
ちょっと奈穂子、余計なこと言わないでよ。
私は焦る気持ちを抑えながらも、その場から動けずに奈穂子の行動を見守る。
やがて奈穂子は私に手を振ると、自動ドアを抜けて帰っていった。
待て待て、奈穂子さんや。
坪内さんに何を言ったんだ。
めっちゃ不機嫌な顔でこっちに近付いて来るんですが。
「アパートが火事になって帰る家がないって?何で早く言わないんだ。」
めちゃくちゃ眉間にシワ寄ってるし。
奈穂子のやつ、絶対話盛って伝えたに違いない。
「違いますよ。火事になったのはアパートの隣の家です。うちは壁が焦げただけ。」
「ホテルに泊まるって?」
「家が焦げ臭くて寝れないんですよ。しばらくホテル暮らしですかね。どこかいいホテル知りません?」
訂正を加えつつ話すと、おもむろに手首をつかまれ歩き出す。
引きずられるように会社を出たところで、はっと我に返ってその手を振りほどいた。
「何なんですかっ!」
「秋山、うちに来いよ。」
「いや、だから、あり得ないですって。」
「上司命令だ。」
「職権濫用です。」
私の抵抗むなしく、また手を引かれてしまう。
無理矢理だから、逃げることはできたはず。
でも私は逃げなかった。
どうしてか、やっぱり坪内さんのことが気になってしまって。
悔しいけど、優しさに甘えたくなってしまった自分がいたんだ。
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