08
同期の奈穂子に誘われて、久しぶりに飲みに行くことになった。
奈穂子とは部署は違うけど社内で一番仲がいい。
今時少ない、名前に「子」がつく同士で気が合って、親友と呼んでもいいほどにいろんなことを話している。
仕事中はあまり会うことはないけど、こうしてたまにどちらからともなく誘って飲みに行ったりする。
元彼と別れた経緯も知っているし、退職願を提出したとき、たぶん飯田課長に口添えしたのも奈穂子だと思う。
あの時一番最初に泣きついたのは奈穂子にだったから。
だけど彼女は私にそんなこと言わないし、聞いたところで答えるような人じゃないけど、なんとなくそうじゃないかなと思っている。
とりあえずビールと枝豆で乾杯をする。
と言っても私は甘いお酒の方が好きなので、ビールはこの一杯目だけ。
奈穂子はグビグビっとビールをあおると、勢いよくジョッキをテーブルに置く。
そして私を見てニヤリと笑った。
「最近日菜子噂になってるよ。」
「え、何で?」
「王子様とよくランチ行ってるでしょ。羨ましいって女子が嘆いてるよ。」
奈穂子は坪内さんを王子様と呼ぶ。
ていうか、社内の多くの女性陣の中で坪内さんの総称は王子様になっている。
やっぱり王子は人気だな。
「ずっと同じ部署だったのに、最近になってやたら仲いいじゃない。何かあった?」
そうなのだ。
私は入社時から坪内さんと同じ部署で仕事をしている。
システム部門に配属されたときも、まわりから羨ましがられていた。
だけど私はその時、同期で一緒に研修を受けた元彼と付き合い始めていたし、坪内さんがイケメンだとは思ったけど特に興味はなかった。
同じ部署といえど仕事で関わることも少なかったのだ。
奈穂子の問いにそっけなく答える。
「別に。ただ仕事が兼務になって、王子の下についただけだよ。」
「今王子様が上司なの?」
「正確には課長と坪内さん両方が直属の上司。坪内さんに無理矢理ランチに連れてかれてるの。」
私は溜め息混じりに答えて、追加でカシスオレンジを注文した。
奈穂子は二杯目のビールを飲みつつ、片肘をついて目を細める。
「王子様は日菜子に興味あるんじゃないの?だって今まで特定の女の子とランチしてる話、聞いたことないよ。」
「まさか?からかわれるのがオチだよ。」
坪内さんが私に興味とかありえないでしょ?
あ、変なやつだとか、そういう感じでの興味ならもしかして持たれてるかも?
そう言おうかと思ったけど、奈穂子の目がそれを許さない。
「私は恋愛に興味ないよ。」
運ばれてきた唐揚げに箸を伸ばしつつ、私は素っ気なく答えた。
とたんに、奈穂子の眉間にシワが寄る。
「まだ引きずってるの?」
「引きずってるっていうか、トラウマだよね。」
そう、私は元彼の浮気現場をあろうことか社内の会議室で目撃してしまった。
大泣きしたあの日、恋愛なんて懲り懲りだと強く思ったんだ。
「日菜子には幸せになってほしいんだけど。」
「いいの、私は一人で生きてくのよ。」
奈穂子が食い付いてくるので、私は許可も得ず勝手に唐揚げにレモンを搾る。
奈穂子は対抗するように、勝手にマヨネーズをかけた。
「強がっちゃって。絶対王子様は日菜子に気があるよ。」
「ないよ。」
「上司だからってそんな毎回ランチ行かないし、奢ってくれようとしないよ。」
「それは坪内さんが王子様だからでしょ?誰にでもしてるんだよ。」
「私はされたことないよ。」
「それは、奈穂子に興味ないんじゃない?」
「お、言ったな!」
「違う違う。奈穂子は彼氏がいるでしょー。」
押し問答が続いたけれど、最後は笑って誤魔化した。
ほんとにそうならやめてほしい。
優しさに勘違いしてしまうから。
その優しさが心地よくなってしまう。
人を好きになりたくないもん。
波風たてずに穏やかに過ごしたいんだよ、私は。
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