第10話

 店が変わった最初のうち、とかげは怒っていました。

 何に怒っていたのか、おそらく何もかもに怒っていたのでしょう。

 その頃は、まるで挑むように店に通いました。

 けれど、希望のない孤独な戦いはそう長くは続きません。


 ある日曜日の晩、すっかり遅くなって家に帰りついたとかげは、誰にともなくぽつりとつぶやきました。


「なんだか、ひどく疲れたな……」


 そうしてそれっきり、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」へ行かなくなりました。



 それまでビールに使っていたお金を、とかげはせっせと貯め始めました。


「十分貯まったら、ラジオか蓄音機を買おう。

 それで『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』をまた聴くんだ」


 とかげは決心しました。


 ラジオも蓄音機も、とかげにとってはとても高いものでした。

 これまでそんなもの買おうだなんて、一度だって考えたことはありませんでした。

 分不相応な望みというより、自分とは別世界にある、あまりにもかけ離れたものだったので、自分のものにできるなんて気づくこともなかったからです。


 ですから、その夢がかなうにはとても長い時間がかかりそうでした。

 ですが、その分、そのはるかな夢は、しっかりと自分を支え、励ましてくれそうでした。


 それでも時々、その遠い道のりを思うとき、しょんぼりすることもあったのです。


 とかげが「それ」を見つけたのは、朝早くそんな気持ちで地主さんのうちへ向かう途中でした。


 とかげが枯草の中の細い道を、ちょっとうつむいてとぼとぼ歩いていると、道端の草の間で、きらりと光ったものがありました。


「…なんだろう?」


 近寄って手に取ってみると、小さい窓が二列にびっしりと並んだ薄くて長い、小さい箱のようなものです。


 金属でできているらしく、それが朝日で光ったのでした。

 少し汚れていますが、きっと元はぴかぴかだったのでしょう。


「何かの部品かな? こどものおもちゃかな?

 …今日の作業が終わったら、地主さんに聞いてみよう。

 そうして今日の帰り、お巡りさんに届けなきゃ」


 とかげは袖口でその箱を裏も表もきゅっきゅっとぬぐうと、胸のポケットに大切に仕舞いました。

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