ギルバード様とは決勝で!

 アルベシード様が壇上にあがると喧騒に包まれた会場が一斉に鎮まる。アルベシード様は参加者一人一人の顔を見ながら演説を始めた。


「みんな、今日は私が開催する剣術大会に来てくれてありがとう!この大会を通じて強者と出会い、みんなの研鑽に役立ててくれれば国の防衛も強くなる。どうか今日だけは互いの身分も忘れ、存分に全力を出して悔いのない戦いをしてくれ!」

「「おおー!」」


 歓声を受けながらアルベシードが壇上から降り、次いで大会実行委員の人が壇上に上がってルールの説明を始めた。


 参加条件は回復魔法が使えること。武器は特に指定がないこと。動けない相手にトドメを刺した場合は失格になること。この三つが大まかなルールだった。


 勝敗は当人同士が納得できるまでの実践形式だ。概ねセバスチャンさんとの手合わせと同じで分かりやすかった。


 参加者はランダムなグループに別れ、最後まで勝ち抜けば賞品を獲得できるそうだ。ギルバード様とは別のグループになってしまったので、残念ながら雄姿を目に焼き付けることは出来ない。しょげているとギルバード様が決勝で会おうと励ましてくださった。


 それはつまり決勝で戦おうってことですか、ギルバード様!?私、頑張って決勝まで進みます!!


 ◇◆◇◆


 張り切って予選を勝ち進み、準決勝まであと一戦を残すところとなった。ギルバード様の言いつけ通りまだ誰も殺していない。


 気になったのは対戦相手がみんな弱いことだ。歳は私より三倍はあるというのに私に向ける剣先は震えているし、狙いはブレブレ。まるで初心者のようだ。もしかして私が割り当てられたグループは初心者の人が多いのだろうか?


「ええと、次の試合の準備が整いました」

「分かりました。さっそく始めましょう」


 係の人に促され、白線で区切られた簡易的なリングに入る。対戦相手のチョビ髭が生えた男は弓形に曲がった刀身のサーベルを持って構えていた。たしか対戦相手のベイズという名前だ。


「エミリア、ベイズの両名準備はいいな?それでは決勝進出を賭けて、はじめッ!!」


 係の人の合図をきっかけにベイズが踏み込んで距離を詰める。


「餓鬼だろうと殺すッ!」

「物騒な言葉はだめですよ?」


 ヒョイと突き出した剣を避け、足を引っ掛けるとベイズは盛大に顔から転んだ。その後も剣をやたらめったら振り回して攻撃してくる。


「おいおい、あの剣豪ベイズの剣が擦りすらしないなんて……あのエミリアって何者なんだ?」

「ギルバード様の妾だそうだ」

「とんでもねぇ妾もいたもんだな。じゃあギルバード様はあれ以上に強ぇってことか」


 ベイズの剣を次々捌いていく。セバスチャンさんやギルバード様と比べるのもおこがましい程の粗末な腕前だった。素人の私が見ても分かるほど、足捌きも構えも基礎が出来ていない。


「クソッ!なんで当たらねぇんだよ!」


 涙目になりながら剣を振り回すベイズ。注意深く顔を見ていると開会式前にギルバード様を睨んでいた男だった。


 もしかしてギルバード様を睨んでいたのは気のせいだったのかな?同じグループに分類されたら勝てないから、『別のグループになりますように』って祈っていたんだ。


「なるほどなるほど、それなら仕方ないですね」


 剣を握ったばかりの初心者を虐めるのも悪いことなので、折角だから教えてあげよう。アルベシード様も『みなの成長のために大会を開いた』と仰っていたし、そうしよう!


「剣を突き出す前に体の軸がぶれているからですよ。あと右足を踏み出しすぎです」


 ナイフの柄でベイズの脇腹を殴打し、無防備な顎を蹴り上げて一回転する。


 顎を蹴られて脳が揺さぶられたベイズはそのまま仰け反って地面に倒れた。ピクピクと体を動かし、口から泡を拭いて気絶している。


「……エミリアの勝利!準決勝進出はエミリアだ!」


 わあああっと観客が沸き起こる。拳を天に突き上げて声援に答えると更に声量を増した。


「畜生……ッ!負けちまったッ!すまねぇ、ベラドンナ様ッ!!」


 復活したベイズが起き上がった。余程負けたのが悔しいのか地面を殴り、悪態をつく。


「そんなに地面を殴っては拳を痛めてしまいますよ?」

「ンなこたぁどぉでもいい!畜生、準決勝にも進めなかったなんて報告したらどんな目にあうか!」


 ベイズはそのままズンズンと会場の外に出て行ってしまった。


「エミリアさん、準決勝戦の準備をお願いします」

「分かりました。控室に戻っていますね」


 係の人に断りを入れて控室に戻るが、妙にベイズの事が気にかかった。


 ◇◆◇◆


「準決勝進出はギルバードだ!」


 対戦相手の男が地面に倒れ、俺はため息をついて剣を鞘に収めた。斬り付けられた対戦相手は回復魔法を使って止血しながら、俺に握手を求める。


「見たこともない流派の剣術だ。さぞや素晴らしい師匠に教えてもらったんだろう」

「ありがとうございます、きっと師匠も喜んでます。貴方こそよいフットワークでした。活躍をお祈りしています」


 俺も手を握り返し、互いの健闘を称えながら控室に戻った。


 幸運なことにアルベシード兄さんともエミリアとも当たらずに済み、俺は安心して予選に集中できた。それもこれもセバスチャンの教えを忠実に守ってきたからだな!


「兄さんはいいとして問題はエミリアなんだよな……。アイツに勝てる自信がないよ」


 目を閉じれば日々の特訓が蘇る。音速を超えたセバスチャンとの剣戟、踏み込むと砕けた地面、風圧で吹き飛ぶ大木。


 回復魔法があったとしても即死は免れないほどの威力のそれを目の当たりにしている俺はもう並大抵のことでは驚かない自信がある。


 しかし問題はこれからエミリアとぶつかった時だ。剣を握ったのも魔法が使えたのも俺が先ならば、当然試合に勝たなければならない。じゃないと貴族としてのメンツが潰れてしまうのだ。


 誘わなければいい話だったのだが、いつも一人でいることを馬鹿にされるのでつい意向返しとして誘ってしまった。


「エミリア、間違って誰か殺しちゃったりしてないよなあ……?」


 準決勝戦が始まるまでの間、俺はひたすらエミリアが少しでも弱くなるように祈るしかなかった。

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