ギルバード様を手に入れたい!

 ギルバードとフレデリックの決闘から数刻後、王城の一室で王太子アルベシードは紅茶に口をつける。彼はクラン王国のなかで最も次期国王に近い人物である。部下の報告に耳を傾けて目を閉じる。


「エッテル領ではギルバード王子が勇者ではないのかという噂が流れております」

「噂を流しているのは彼の取り巻きですか?」


 部下が首を横に振り、一枚の紙を机の上に置く。いかにも冒険者、狩人といった出で立ちの男の写真が貼り付けられている。


「噂を流しているのはBランク冒険者のケイン、彼がコボルトロードを討伐したのはギルバード王子であると断定したことから噂が発生した模様です」


 10歳の若さでコボルトロードを討伐するとは俄かに信じがたい。これも|上位(ハイクラス)の|職業(ジョブ)を持っているが故に為せる業だろうか。


 同じ歳だったとして凡俗な剣士のアルベシードでは返り討ちに遭っていただろう。


「ふむ、この若さとルックスは王室のカリスマを取り戻すには格好の材料になりそうだ」


 手渡された書類に貼り付けられたギルバードの写真、その頭にあたる部分を指で撫でる。


「欲しいな、彼が。私が王となった暁には是非部下として活躍して欲しい」


 決闘でフレデリックに情けをかけるほど優しい性格。だが、それが善意だけでないということは勿論見抜いている!


 王族による権力争いで誰もが疑心暗鬼となっているというのに、あえてフレデリックに温情をかけた。


 誰もがあの時、ギルバードを好意的に見た。彼に優しく接していれば、酷いようにはならないかもしれないという希望。王位継承権の低い連中にとってみればまさに救世主のような存在に移っただろう。


 日和見を貫いた連中は早くも数日中にギルバードに接触するだろう。ギルバード派に傾いた後、私の勢力に取り込めばベラドンナを押さえつけることも可能になる。


 そうなれば私は後世まで語り継がれるほどの賢王となるに違いない!


「私の可愛い弟、ギルバード。今のうちに成長するんだぞ……」


 ◆◇◆◇


 王太子アルベシードに次いで次期国王に近い人物、それはベラドンナであった。彼女は冷静で知的とも評される一方、残虐かつ冷徹な人間とも評される機会が多い。


 王太子に次いで豪華な一室、明かりすらつけずに彼女は頭を掻き毟った。


「くそッ!アルベシードのクソッタレ!内心では私のことを見下しているんでしょう!?」


 テーブルの引き出しを開け、何枚も書いたアルベシードの似顔絵をバリバリと破り捨てる。乱暴に開けた拍子に転がり落ちた炭を拾い上げ、月明かりを頼りにガリガリと紙の上に走らせる。


「なんで上手くいかないの……?」


 ポタポタと橙色の瞳から流れ出す涙は紙に描かれたアルベシードの輪郭をぼかす。胸像絵のそれを脇に退け、ベラドンナはついに机に突っ伏して喚き始めた。


「うわあああああん!私お兄様と仲良くなりたいだけなのにい!!」


 おいおいと泣き始める彼女を慰める人物はいない。それもそのはず、彼女は意地を張ってしまう人間だった。


 照れ隠しで唇を一文字に結び、悲しむ人がいれば己も泣くまいと歯を食いしばる。そのうち、根も葉もない噂話に尾鰭がついてしまったのだ。


 常に優秀な長兄と比べれる日々。アルベシードが露骨にベラドンナを見下していたなら彼女はここまで屈折しなかっただろう。


 しかし、アルベシードは優秀だった。優秀、すぎたのだ。アルベシードへの劣等感、憧れ、畏怖が入り混じり、ベラドンナ自身にもアルベシードとどうなりたいのかすら分からなくなったのだ。


「ギルバードにばっかり……私なんて剣術大会に呼ばれもしなかったわ!!」


 脳裏によぎるギルバードとアルベシードの仲睦まじい姿にふつふつと怒りが込み上げる。


「許さない、私のお兄様に気安く話しかけられるなんて!!」


 そんな逆恨みをギルバードに向け、ベラドンナはまた紙の上に炭を走らせる。


「覚えていなさい、ギルバード……必ず失墜させてやるわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る