ギルバード様の役に立ちたい!

 決闘から次の日、俺はエミリアと特訓をするためにまた森に向かった。向かったのだが……。


 飛び出してきたコボルトの頭を引きちぎり、魔石を取り出す彼女。


「エミリア、これからの特訓のメニューを変えようか」

「はい、分かりました!」


 満面の笑みを浮かべたエミリアの顔を見てお腹が痛くなった。なにせ、眼前に広がるあたり一面血の海と化し、腐りかけのコボルトの死体がそこら中に転がっている。


 先ほどエミリアが嬉しそうに渡してきた魔石はきっと哀れなコボルトの死体から取り出したに違いない。


 やっぱりこいつがゴブリンを殺したんだじゃないか。まずい、今頃ゴブリンを倒したのがコイツだとバレると面倒なことになる。


「いいか、エミリア。まず、お前に必要なのは繊細さだ」


 とりあえずそれらしい事を言って力のコントロールと世間の常識を教えないといけない。


 なにせコイツは真夜中にも魔物狩りをしている。こっちはお知らせ神のお告げのおかげで寝不足だ。


「繊細さ、ですか?」

「素手でコボルトの頭を引っこ抜くのは『美しくない』。俺のメカケなら美しさにも拘らないとダメだぞ」


 エミリアが首を傾げ、メカケとは何かと聞いてきた。エミリアは平民だから知らないんだったな、ここは俺がその言葉の意味を教えてやろう!


「メカケって言うのはな。この俺が『特別に』、『目を掛けている』ヤツってことだ。すごく期待してるってことだ!」

「私がギルバード様に特別に目を掛けて頂いている……?」


 エミリアが胸を押さえ、赤い目を大きく開いて涙をポロポロと流した。


 どうしよう、女の子を泣かせちゃった……。


 俺は慌てふためきながらポケットのハンカチを取り出してエミリアの涙を拭いてやる。


「えぐっ、ごめんなさいギルバード様ぁ。私、わたし今までそんなこと言われたことなくって……びええ」


 そういえばエミリアには親がいないんだったな。彼女が住む孤児院も随分と寂れた様子だった。


 そうか、彼女も俺と同じ『没落』した人間だったんだな。ゴブリンの一件以来べったりしてきたのも寂しかったからなんだな。


 びすびすと鼻をすするエミリアの泣き顔を見て俺は悲しい気持ちになった。


「ギルバード様のメカケとして私、いっぱい頑張ります!」


 泣き止んだエミリアはやる気満々といった顔で拳を空につきあげた。頼もしい姿に俺も気合いを入れる。


「ウォータースフィア」


 水魔法の初歩的な呪文を唱える。俺の掌に集まった水が球体になった。


 陽の光を反射してキラキラ光る。実はこの魔法、初歩的なものだが繊細なコントロールが必要なのだ。


 水を球体として維持するのはとても難しい。なにせこの俺が1ヶ月ほど苦労して体得した魔法だ。


 これでしばらくはエミリアも真夜中魔物ハンティングもやめてくれるだろう。俺ってば天才だな!


「なるほど、これは難しそうな魔法ですね。やってみます、ウォータースフィア!」


 呪文を唱えたエミリアだったがすぐさま水が四方八方に飛び散る。力の調整が上手くいかなかったようだ。


 びちょぬれになったエミリアを尻目に俺は先日覚えたステータス魔法を試してみることにした。


 なんでも特定のレベルに達すると特別な魔法を覚えるという。ステータス魔法もその類のものだろう。


 ぼそりと呟き、掌に出現したステータス一覧を確認する。


 _________________________________________

 名前:ギルバード・エッテルニヒ

 職業ジョブ:上位ハイクラス剣聖


 レベル:9


 能力値

 筋力:9

 俊敏:27

 魔力:17

 知性:19

 体力:10


 習得魔法:

 水魔法 ウォーターランス ウォータースフィア


 パーティ

 リーダー:ギルバード・エッテルニヒ

 メンバー:エミリア


 _________________________________________


 やっぱりレベルが上がってる。おまけに知らない間にパーティーが結成されていた。


 この世界ではパーティーを組んだ際、最もレベルの高い人がリーダーになるという仕組みがある。


 その為冒険者学校に入学した貴族は誰もがレベル上げに躍起になる。平民がパーティーリーダーになるなどあってはならないことなのだ。


 パーティーを組んでいるうち、自分がとどめを刺していなくても何割かはメンバー全員に行き渡るという仕様がある。


 だがやはりとどめを刺した方がより多くの経験値を貰えるということに変わりはない。


 エミリアのレベルは知らないが、うかうかしているうちに抜かされてしまうかもしれないな。


 冒険者学校の入学試験も残り数週間を切っている。自由な今のうちに魔物狩りをしてもいいな。


「エミリア、ウォータースフィアの特訓はここまで。ハンティングに行くぞ!」


 話しかけた拍子にエミリアの掌に浮いていた四角形の水が弾けた。いきなりだったのでびっくりさせてしまったらしい。


「は、はい!」

「決まりだな!」


 素手のエミリアに俺の短剣を渡す。受け取ったエミリアはしげしげと短剣を眺めた。彼女に渡したのは、特に変哲も無いただのダガーナイフだ。


「いいか、貴族たるもの拳で殴るなんてスマートじゃない」


 指を天に向け、腰に手を当ててエミリアに貴族の心構えを教える。


「俺のメカケなら貴族に引けを取らない優雅さが求められるんだぞ。貴族が剣を抜くとき、相手はなによりも鮮やかに殺さなきゃいけないんだ。わかったな?」


 エミリアが真面目な顔をして頷く。優雅、優雅と呟きながら短剣を振り回した。何処かで見たような動きを数回繰り返す。


「エミリア、その動きはもしかして俺の真似をしているのか?」


 彼女はびっくりした顔をした後、顔を真っ赤にして小さな声で肯定した。


 荒削りだがいい動きをしている。俺の剣の師匠、セバスチャンに弟子入りさせてもいいかもしれない。


「よし、足を伸ばして奥に行くぞ!」


 森の奥には強いモンスターがいるというが、まあエミリアもいるしいざとなれば撤退すればいいだろう。コボルト五体ほど倒せば御の字だ。


 そう思い、俺がコボルト二体、エミリアがゴブリン一体を討伐した時にそいつは姿を現した。


 地響きと共に巨大なミミズが地面から飛び出す。


「ギルバード様、どうしましょう?」

「ジャイアントワームだ。こいつは目や耳がない代わりに足音に反応する魔物だ。動かなければすぐに俺たちを見失うぞ」


 しばらく考え込み始めたエミリア。やがて開いた掌に拳を当て、なにかを閃いた顔をした。


「なるほど、ジャンプして攻撃すれば気づかれないということですね!」


 止める間もなくエミリアが走り出した。ジャイアントワームが駆け出したエミリアの追跡を始める。


「エミリア、よせ!ジャイアントワームに水魔法は効果が薄い!」


 ジャイアントワームは土に潜り、巣を作るという習性のおかげで泥や水に耐性がある。エミリアに渡したナイフでは分厚い皮に傷を作ることすら出来ないだろう。


 唯一の弱点は火属性。だが俺たちにその手段はない。今から火を起こしてもジャイアントワームを倒す攻撃手段にはならないだろう。


「ウォータースフィア!」


 ジャイアントワームの噛みつきをスライディングで避け、木の上に登ったエミリアが教えたばかりの水魔法を唱える。


 攻撃手段にも身を守る盾にもならない魔法だ。薄く貼られた水の膜がジャイアントワームを覆う。


「エミリア、その魔法ではジャイアントワームは倒せない……」


 キラキラと光を反射する水の膜を見て、俺は一つの可能性に気づいた。


 太陽光を屈折させ、一つに収束させる。光の焦点を調節するものとして水を使ったんだ。


「そうか、収斂火災!」


 ジャイアントワームの表皮が黒い煙をブスブスとあげはじめた。環帯と呼ばれるシワのない部分に穴が空いた。


 のたうち回ったジャイアントワームが暴れ出す。エミリアが環帯に腕を突っ込み、ブチブチと力を込めながら引きちぎり始める。


「よくやったぞエミリア!トドメは任せろ!」


 剣を引き抜き、エミリアが露わにした急所に突き刺す。


『でででででれーん!』


 ここ最近で聞きなれたレベルアップのお知らせ神のお告げが響いた。エミリアにも聞こえたらしい。


『現在ギルバード様のレベルは10です。次のレベルまであと3000の経験値が必要です』


 想像以上に上がってしまったレベルに内心ビビりつつもエミリアを労う。


 恍惚とした表情を浮かべるエミリアを尻目に俺はこれから彼女に常識を教えなければいけないな、と空を仰いだ。

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