ギルバード様の決意!

 午前中、Sクラスが遭遇したレッドキャップの不死身アンデッド事件は瞬く間に生徒に伝わった。


 入学式が始まるまでの間、講堂に配置された椅子に座る。クラス毎に座る場所が決められているが、個人単位では決められていない。


 適当に近いところに座り、タイガの姿を探す。エミリアの隣に座り、なにやら親しげにお喋りしているようだ。おそらく弱点を探しているのだろう。


 隣に気配を感じ、視線を向けると丁度ギルバードが椅子に腰掛けるところだった。


 この学校で最も勇者に近い存在、ギルバード・エッテルニヒ。クラン王国の王位継承権第43位である彼の噂は片手では数えられないほどある。


 産声は『天上天下唯我独尊』だった。ゴブリンを単独で討伐した。毎日コボルトを千匹狩るのが日課。豪雨を微笑むだけで晴天に変えた。兄を所有物として愛でている。幼なじみは妾。


 このように彼の噂は尽きない。この国に来るまでは噂に尾ひれがついたのだろうと思ったが、それは甚だ見当違いだった。


 今なら分かる、噂は全て本当なのだと!


 現に上級生のフレデリック・ブラウンや王太子のアルベシードすらギルバードに軽く挨拶しているのだッ!


 貴族社会で上位にいるのはまだいい。だが、戦闘力もずば抜けて高いのだ。


 なにせ、四天王の俺ですら剣筋を捉えることができなかったのだから!


 レッドキャップとの戦いでも対して消耗していないことから、その実力はこの国でも頂点に位置している。そうに違いない!!


 それにギルバードのレベルはまだ16なのだ。20になればいよいよこの国に配置した魔物では太刀打ちできないだろう。


 なにか、なにか弱点といえるものがこの男にもあるはずだ。まずは、情報収集をしよう。


 そう思い、ギルバードの顔を伺う。


 先ほどの挨拶をしていた時とは違って唇を噛んでいた。それもかなり強く、皮膚が切れて血が出ている。


「ギルバードさん、唇が切れてますよ。……なにかあったんですか?」

「すまない、ちょっと考え事をな」


 ギルバードはハンケチで唇を拭う。それでも表情は晴れなかった。眉をしかめ、手が震えるほど強い力で拳を握っていた。


 親密な関係になっておけば自ら弱点を、つまり心の弱さを曝け出してくれるかもしれない。


 ここは信頼を勝ち取るためにも相談に乗ってみるか。俺はギルバードの方に体を向け、女子からも評判の高い笑顔で話しかけた。


「俺でよければ話を聞きますよ。口に出すと案外すっきりするかもしれませんし、ね?」


 周囲はお喋りに夢中になっているようで、ある意味俺たちは二人っきりともいえる空間だった。俺の視線に負けたのか、ギルバードがポツリポツリと話し始める。


「……正直に言って俺は魔物を舐めていた。どんな魔物も俺の魔法と剣で勝てると」


 ギルバードが腰に下げた剣を握る。


「数が多くとも、自分なら余裕で勝てると思っていた。囲まれる前に突破できる方法があったはずだ。タイガがリュウトと兄さんを庇いながら戦っていた時、俺は見ているだけしか出来なかった」


 余程悔しいのだろう、握り締めた拳は血の気を失って真っ白になっていた。


『兄ちゃん、俺がいなけりゃ兄ちゃんがボロボロにならずに済んだのにッ!』


 ギルバードの落ち込んだ姿が弟のドラコの面影と重なる。


 いくら勇者候補であり、上位職業ハイクラスジョブといえどもまだ子供なのだ。


 だが、俺は四天王。魔王軍幹部であり、魔王に逆らえば弟の、ドラコの安住の地は永遠になくなってしまう。


「これから強くなればいいんですよ、そこまで気に止む必要はありません」


 俺の浅はかな気休めの言葉をギルバードが首を振って否定する。彼はチラリと遠くに視線を向ける。その先にいる群青の頭髪、エミリアを見ていた。


「次いつ危険に陥るか分からない。これから強くなる、なんて悠長なことは言っていられないんだ」


 ギルバードのその言葉を聞いて、俺は驚いて息を飲む。その言葉はまさしく俺が四天王になると決めた時、渋るドラコを説得するために使った言葉だったからだ。


 誰かを守りたいという気持ちは痛いほどよく分かる。俺もドラコを、心優しい弟の心と命を守りたいから力を欲した。


 気づけば俺はとんでもない事を口走った。


「今日の放課後、魔法の練習をする予定です。一人というのも、まあ、その……アレですし?」


 ギルバードが口を開こうとしたその時、タイミングよく入学式が始まった。


 ◇◆◇◆


 その場のノリと勢いでギルバードに魔法の稽古をつける約束をしてしまった俺。


 タイガに相談しようと思ったが、ヤツは知らぬ間にエミリアと手合わせの約束をしたらしい。弱点を見つけるために違いない。


 入学式が終わるとエミリアの手を引っ張りながら校庭に向かってしまった。


 ギルバードの期待のこもった眼差しもあって俺も校庭に向かう。ギルバードもトコトコ着いてきた。


 校庭に着いた頃、既にエミリアとタイガは拳を交えていた。どうやら素手だけというルールらしい。


 ほぼゼロ距離で互いの拳や足技を捌く時に生じる風圧で校庭の砂が巻き上がる。久々に本気になったタイガの嬉しそうな声が空に響いている。


 俺は肉弾戦が大の苦手なので二人の対決から目を離す。


 敵は魔法で圧倒すればいいのだ。決してチビなわけではない。クールでクレバーな四天王が一人、暴風のリュウトなのだ。


「まずはそうですね、ギルバード。一番得意な魔法を使ってみてください」


 ギルバードが頷くと掌を大木に向ける。


「ウォーターランス」


 水魔法を詠唱すると掌から青色に輝く魔法陣が現れ、その中央から水の槍が現れる。ごくありふれた、魔物も使う魔法だ。


「……!!」


 驚くべきはその長さ。ゆうに3メートルはあるだろう。発射された水の槍は回転しながら大木の幹に穴を開け、その周囲は濡れて泥に変化する。


 俺の記憶が正しければ使い慣れた者であったとしても2メートルが最長だ。その者も魔法を使った後は魔力切れを起こしていたが。


「威力が弱いな……、やはり回転数がネックか?」


 などと呟くギルバード。一瞬惚けたものの、すぐにギルバードの弱点に気付いた。


 水槍の回転数は確かに凄まじいが、圧倒的な水量を生かしていないのだ。


 俺は無言で風魔法の呪文を唱え、掌を隣の大木に向ける。


「エアブラスト」


 魔法陣から空気が渦巻いて大木の幹に当たる。ただ木の葉を擦る音だけで幹を破壊することはなかった。


 当然だ、この魔法はあくまで物を吹き飛ばすことが目的。破壊力は必要ないのだ。


 ギルバードの訝しむ顔を無視し、一度エアブラストを中断する。


 手を下ろすことなく、緑色に輝く魔法陣を中心に風が吸い込まれていく。ある程度の風を吸い込んだ所で俺は魔法を発射した。


 圧縮された空気弾は最も容易く木の幹を切り刻み、倒れる幹すらも細かく粉砕した。その様子を見てギルバードが驚いて叫ぶ。


「そうかッ!威力を上げるには回転だけでなく圧縮することによる加速も必要なんだッ!当たり前すぎて失念していたッ!!」


 ありがとう、と叫びながら俺の手を上下に振り回す。


「い、いやこれぐらいどうってことないですよ」

「いや、リュウトのおかげだッ!君と友達になれて本当によかったッ!」

「トモダチィ!?」


 ギルバードの思いもよらない発言を復唱する。あまりの出来事に驚いているとギルバードが不安に揺れる瞳でこちらを見ていた。


 繋いでいた手が離れる。子供体温のギルバードと繋いでいたせいで少しだけ寒くてスースーする。


「すまない、リュウト。タイガの友達なら俺も友達になれるかも、と。だがその様子だとダメみたいだな」

「……え?」

「そうだよな、王位継承権第43位の没落クソダサ王子の俺なんて……」


 晴れやかな表情から一転、どんよりとした雰囲気を漂わせ始めたギルバード。


「友達、そう俺たちは友達ですよギルバードォ!」

「そ、そうか!俺たち、友達だよな!」


 慌ててつくろう。たちまちにギルバードが笑顔になる。


 その様子を見た俺に電撃が走る。自ら湧き出た感情が口から出かけたので両手で押さえる。


 四天王という立場や任務を忘れ、ギルバードの姿を見つめる俺の眼差しはドラコやタイガに向ける親愛のそれである。


 可愛い!

 見守りたい、この笑顔!


「すっげぇぜ!エミリアァァ!!こんなにも強ぇなんてなあ!?」


 タイガの声が聞こえ、頭をブンブンと振る。いけない、しっかりしなくては。


 俺は魔王軍幹部のリュウトだ。四天王になると決めたあの日、誓ったことを思い出せ!


 弟を守る為ならなんでもする。例え、誰であろうと容赦はしない。


 二の腕を組み、歯を食いしばって俺はギルバードの背中を睨んだ。

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