ギルバード様は凄い!!

 入学式から数週間、ギルバード様は物凄く成長なされた。試験では首席を維持し、休日は魔物狩り。


 勿論、私もタイガさんと武器を使用した手合わせや魔法の訓練に明け暮れている。最近では上級生のクラスーたしかフレデリックといったかーから喧嘩をふっかけられた。ぶっちゃけタイガさんより弱いので相手にならなかった。


 休み時間、ギルバード様と廊下を歩いていると見慣れた黒いバンダナと金髪が見えた。近づくと角で見えなかったリュウトさんの姿も見える。


 どうやらタイガさんとリュウトさんは立ち話をしていたようだ。真剣な表情かつ抑えられた声量なので、会話の内容は分からない。


 リュウトさんがこちらに気づいたようで笑顔で片手をあげる。


「おや、エミリアさんにギルバードさん。ちょうど良いところに来てくださいました」

「エミリアッ、今日の放課後暇か?」

「空いてますよ、手合わせですか?」


 タイガが首を横に振り、拳を掌にぶつける。


一対一サシもいいが、今回は違ェ。コンビでの戦い方を確認したくてな。ギルバードも呼んで俺たちと戦わねぇか」


 タイガの提案を聞いて、ギルバード様も集団戦の練習をしたいと呟いていた事を思い出す。


 チラリと様子を伺うとギルバード様は頷いた。


「構わないぞ、場所はどこにする?」

「学園の敷地内にある森はどうでしょうか?」


 普段手合わせをしている校庭ではなく森を指定した事に私は首を傾げる。


「校庭ではなく森ですか?」

「足場の悪い状況での立ち回りを練習できるな」

「なるほど、流石ギルバード様です!」


 はにかんだギルバード様。その様子を見てリュウトさんが目を押さえ、天を仰いだ。


「決まったな。じゃあ放課後、森に集合な」


 ◇◆◇◆


 放課後、俺はエミリアと共に指定された森で待っていた。


 大木にもたれかけ、二の腕を組む。待っているのも暇なので隣に控えるエミリアと会話しようと思い、話しかける。


「エミリアー」

「やはりギルバード様もお気づきになりましたか」

「んぁ?」


 何か訳知り顔で頷くエミリア。話について行けていない俺を置き去りに話し始めた。


 手合わせの約束をしようものならぴょんぴょん跳ね回ってついうっかり窓ガラスを破壊していたタイガ。


 それが真面目に授業を受け、日頃十本は粉砕した鉛筆も今日は一本も折っていないという。


 さらに決定的なのは、リュウトだそうだ。俺を視界に収めるたびに両手を合わせ、邪悪な顔をしているらしい。


 そういえば最近やけにリュウトに見られているとは思っていたが、そんな挙動をしていたのか。気づかなかった。


「この手合わせ、『何か』あります」


 エミリアが静かに告げる。俺と同じ赤い目がスゥと移動する。俺もエミリアの視線を追いかけた。


 気を引き締めていると件の二人が姿を現した。近づくにつれ、普段と違うオーラと風貌が露わになる。


 リュウトは銀竜の刺繍が施された黒色のチャイナ服を着ていた。桃色の瞳を細め、こちらを睨んでいる。


 横に立つタイガも学園の制服ではなく虎柄のズボンのみ身につけている。頭には黒いバンダナではなく、ズボンと同じ模様の耳がピコピコと動いていた。


「リュウト、タイガ。その姿は一体……?」


 俺たちから少し離れた位置で立ち止まり、リュウトが静かに告げた。


「勇者ギルバード、ならびにエミリア。誘いに応じてくれて感謝する。我らは魔王軍幹部、四天王が一人『暴風のリュウト』」


 なんで魔王軍幹部の四天王が学園にいるんだ!?いやそもそも俺は四天王を友達と呼んでいたのか!?どうしよう、どうしよう!!


 リュウトの発言にたまげているとエミリアが短剣を構えた。


「俺は『虎雷のタイガ』。その命、頂戴するッ!!!!」


 叫びながらタイガがエミリアに突進する。俺はエミリアの前に立ちはだかって剣を構えた。


「決めるぜッ!ライトニングアクション、〈全開フルスロットル〉ッッ!!」


 残像を残してタイガの姿が消える。一切の音もなく俺の全身が切り裂かれた。直感的に急所を守ることに成功したものの、危ういところである。


「ギルバード様ァッ!!」


 エミリアの悲鳴が森に響く。


 それに答える余裕もないまま、俺は急いで体の傷を回復魔法で塞いだ。といっても血を止める程度のものだが。


「すまんエミリア、俺ではタイガの速度についていけない。お前だけでも逃げろ」


 タイガの行動、予備動作どころか足音さえも聞こえなかった。タイガの姿が消えてから5秒後、音が遅れてやってきた。


 音よりもはやく、光すら置き去りにした速度である。


「ギルバード様、私は二度貴方に救われたのです。この命、貴方のために使わせてください」


 エミリアが俺の隣に立つ。決意に満ちた横顔を見て、俺も覚悟を決めた。


「フッ、お前も強情なヤツだな。いいだろう、タイガは任せた。死ぬなよ」

「ギルバード様のメカケである私が死ぬなど絶対にあり得ません」


 俺の後ろをついて回ってたメカケ、気づけば隣で支えてくれるかけがえのない存在になっていた。


 リュウトとタイガの裏切りに後ろ向きになっていた気持ちが晴れやかなものと入れ替わる。


 エミリアが側にいてくれる限り、俺は絶対に負けることはないッ!!


「リュウト!エミリアは俺がる!!」

「では俺はギルバードを殺します」


 タイガの言葉にリュウトは静かに答えた。


 リュウトは俺に魔法の特訓をつけてくれた人だ。どの教師よりも分かりやすく、殺傷能力に長けた魔法をいくつも教えてくれた。


 どんなにつまづいて上手く出来なくても励ましてくれたし、成功したら誰よりも喜んで褒めてくれた。


 その姿はまるで、まるで兄のようだった。


 王位継承を争う血の繋がった兄弟よりも俺は心を開いていた。


「ギルバード、俺の大技を見せてやるッ!!くらえッ〈双竜巻クロストルネード〉ォォォ!!!」


 緑色に輝く魔法陣が空に浮かび、二つの巨大な竜巻が出現する。森の木々や岩を吸い上げながらこちらに向かって進行を始める。


「精々足掻くがいいッ!この攻撃を受けて生き残ったヤツは存在しないぞォ!さあ、どうするギルバードォォォ!!」


 両手を広げ、こちらを嘲笑するリュウト。その笑顔は在りし日に優しく微笑んだものとは似ても似つかない。


 俺は一つになりつつある双竜巻に手を向け、呪文を唱える。


「ウォーターランス〈拡大〉」


 青色に輝く魔法陣から水の槍が発射する。母上が自ら俺に教授してくれた魔法だ。初めて使えるようになった日から1日たりとも欠かさず練習している。


 そして、リュウトとも仲良くなれるきっかけをくれた魔法だ。初めて使ったあの日よりも何倍も、いや何千倍も強力な魔法になったと俺は自負している。


 その長さ、30メートル。


 完全に一つとなった竜巻を水の槍は回転しながら空を穿った。


 吸い上げられた木々や岩を派生した小さな水の槍が粉砕していく。


「ハハ ハ ハ ?」


 リュウトの笑い声が止まる。彼は降りかかった雨を全身で浴びながら、呆然と空を見上げた。


 分厚い雲に覆われていた空に空いた大穴。水の槍から飛んだ飛沫が虹を掛ける。


 リュウトの魔法はその天空のどこにもない。そう、影も形もその痕跡さえも。


 リュウトはがっくりと地面に崩れ落ちる。


「やはり俺では手も足も出ない、か。すまない、タイガ。時間を稼ぐことすら出来ぬ無能の俺を許してくれ……」

「気に…すんなッ…ゥ……る以前に擦りすらしねぇ……」


 リュウトの呟きに満身創痍のタイガが応えた。鍛えられた全身は限りなく黒に近い紫色の打撲が痛々しく散りばめられている。


 辛うじて致命傷を免れているように手加減されている、と俺の勘が告げた。


 俺の背後からエミリアが短剣をしまいつつ近づいてくる。


「ギルバード様、タイガの無力化に成功しました」


 明らかに光の速度すら超えたタイガの動きにどうやって追いついたのか、とか無傷以前に汗一つかいてないお前は化け物か、とか言いたいことは山ほどあった。


 だがそんなことを尋ねたところで多分エミリアは『頑張ったら出来ました』と答えるだろうことは分かっているので、とりあえず俺は微笑んでおくことにする。


 あとはこの台詞を言えば大抵の物事は解決する。


「よくやった!さすがは俺のメカケだ!!」

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