ギルバード様は想定外!!

 互いの無事を確かめ合い、校舎についた俺たち。Sクラス専用の更衣室に行くまでの道のりで授業中の教室から他の生徒の視線を背中で浴びる。


 なにしろ、今の俺たちは魔物の血と肉と骨と臓器でべっちょべっちょのぐっちょぐちょ。


 加えて隣を歩くリュウトは俺の鼻水やら涙やらで制服が凄まじいことになっている。


 睨んでくるリュウトの視線から顔を逸らし、汚れきった制服を更衣室の籠にぶちこむ。


 Sクラスの特典として学園の設備を無料で使用できる。成績だけでなく賄賂も必要となるが、その見返りはとても大きい。身分証もなく入学できたのも運営側に複数の部下を潜り込ませた成果だ。


 四つしかないシャワー室を俺たちは譲り、蛇口を捻る音とともに小声で作戦会議を始める。


「確認するが、勇者はギルバードなんだよな?」

「あくまで噂だ。勇者である可能性が最も高いとカルマが言ってた。エミリアも対策しておく必要はあるな」


 ハンティングの光景を思い出しながら俺はリュウトに問いかける。


 いとも容易くコボルトやレッドキャップの死体から魔石を抜き出す姿に本能が警鐘を鳴らす。


 四天王の俺たちのレベルは30前後だ。レベルは圧倒的に下。本気を出さずとも殺せる相手。その格下に対して今までの戦闘経験や直感が『死』の一文字を鮮烈に訴えてくるのだ。


 ギルバードと仲が良いという理由でエミリアに接触した俺たちだった。職業ジョブなしと聞いた時は人質なり捕虜なりギルバードとの交渉道具が増えたと喜んだ。


 最も、今ではエミリアに敵対すれば人質や捕虜になるのは俺たちになるだろう。


「レベルが低いおかげで襲い掛からずに済むが、流石は上位職業ハイクラスジョブ。ステータスが化け物だ、俺より2倍高いぞ」


 戦闘経験の多い四天王ともなれば、相手の立ち振る舞いでおおよそのステータスが分かる。


 ギルバードとエミリア、その二人に俺は辛うじて敏捷が優っている。だが、彼らのレベルが上がれば俺の優位性アドバンテージはひっくり返される。


「どうすんだよ、ギルバードだけなら俺たち二人がかりで抑え込めるがエミリアは無理だぞ」

「確かにギルバードとエミリア、この二人は厄介だ。それよりも、だ」


 リュウトが言葉を切る。その言葉の先は俺でも想像がつく。


 レッドキャップの不死身アンデッドは四天王の俺たちに知らされていない。密に連絡を取り合っているわけではないが、俺たちがSクラスにいることは伝えてある。


 不死身アンデッドは一度死んでいる以上、脳の細胞は完全に破壊されている。死体に細工を施すことで動き出す事が可能になるのだ。動き出すとは言っても動くもの全てに襲い掛かる程度だ。


 決して挟撃や襲撃のタイミングを伺うことはできない。


 ただ一人、四天王の土竜カルマを除いて。


 四天王で唯一、集団戦に特化した存在だ。不死身アンデッドの第一人者である。史上初人工的に発生させ、卓越した指揮で戦争を勝利に導いた過去を持つ。単独では最弱であるにも関わらず、四天王の中でも最も発言力が強い。


 いくら四天王であろうとも魔物という生き物の柵から逃れたわけではない。無限の魔力や体力を持つわけではない。どれほど策を弄して対処しようともいずれは数の暴力には勝てないのだ。


 最も、魔王ならば時間がかかるが勝てるだろう。


 四天王の中でも連絡はまめにする性格であり、もう一人の四天王エンキのようについうっかり忘れたわけではないだろう。


「タイガ、今はまだ気づかないフリをするんだ。魔王あの方の命令にせよ、ヤツの暴走にせよ、下手に動けば俺たちが始末される」


 舌打ちをし、シャツのボタンを引きちぎりながら籠にぶちこむ。


「ワリィ、リュウト。俺が魔王あの方に反抗したからツルんでたお前までッ」

「気にするな、俺も弟がいなきゃ同じことをしてた」


 丁度シャワーの蛇口を締める音が聞こえ、俺たちは慌てて口を閉ざす。最初に出てきたのはロックだった。


 半裸になってる俺がシャワー室に入らないのも怪しまれるのでさっさとシャワーを浴びることにした。


 ◇◆◇◆


 さっさと体を洗い、新品の制服に腕を通して更衣室を出ると丁度エミリアも出てくるところだった。


「あ、タイガさん」


 先ほどのリュウトとの会話もあり、思わず体が硬直する。先に話しかけてきたのはエミリアだった。


「洞穴では見事な動きでした。レッドキャップが怯んだ隙をついて一瞬でリュウトさんとディンセントさんを抱えて後退するなんて」


 エミリアが嬉しそうに喋る。俺の背中を冷や汗が一滴、重力に従って流れ落ちる。エミリアの細められた鮮血のような瞳から目が離せない。


「人を超えた、いや並の魔物にも不可能な超加速が出来るなんて流石です!機会があれば是非、お手合わせしたいです」


 他の男連中は先に教室に向かったため、今この場にいるのはエミリアと俺だけ。


 痛いほどの静寂とバクンバクンとうるさい心臓の音が鼓膜を叩く。


 バレているッ!俺が人間ではなく、魔物、いや四天王の一人であるとバレているッ!!


 俺の雷魔法による身体強化は音を超え、ほんのちょいとだが時空も超えることが可能だ。並の人間であるならば、俺が動いたことさえ知覚できないはずだッ!


 実際、運んだディンセントもリュウトも『知らないうちに後退していた』と認識している。


 俺の知覚不可能の必殺魔法を、ましてやあの混乱の最中に気づけるヤツがいたなんてッ!


 衝撃が脳天から爪先に走る。まっさらになった頭は動揺のあまり虎耳が激しくピコピコしていた。それでも思考を放棄することはない。


 四天王としての誇りにかけ、頭を回転させる。そして、千回転百回捻りを繰り広げた俺の脳はとある絶望に気づいた。


 あろうことか二人っきりのタイミングで自ら話題に出したのだッ!


 つまり、この女は『お前が四天王だと見抜いている。お前が今、口封じに襲いかかっても問題ない』と暗に示しているのだッ!!


 この状況でこんな行動をするなんて考えなしの馬鹿か己が勝つという絶対的自信のあるヤツだけだ。


 勿論、俺は後者だと確信しているッ!!


 その瞬間、俺の全身の毛が逆立った。魔王なんてものとは違う、本当の恐怖。命が脅かされることの快感を余すことなく味わった。


 エミリアは変わらず上品な微笑みを浮かべている。ただそれだけだ。誰もが行う所作だけで四天王である俺は余裕を失っている。


 圧倒的強者の威圧は凄まじく、一瞬でも油断すれば雷虎式屈服舞踊を繰り出してしまいそうだった。


 歯を食いしばり、息を吸い込む。一万回のブレイクダンスを決めた俺の脳は一つの可能性に気づく。


 すなわちーこの女は俺を四天王だと見抜いているが、教師に突き出せるだけの確固たる証拠はない。あくまでも牽制であり、手合わせは様子見というところだろう。


 少し余裕を持ち直した俺はエミリアに手を差し伸べる。


「俺でよければいつでも」

「まあ、ありがとうございます」


 握り返された手の感触とエミリアの表情に動揺はない。俺の対応も織り込み済み、というわけか。思わず顔がにやける。


 強者を求めるのは魔物の性。純然たる力と知略を持った敵など俺の人生で初めて出会ったのだ。


 ついうっかりシャツに隠した尻尾を慌ててしまう。自分でもこの胸の内から湧き上がる興奮を抑えられなかった。


 負けるのは分かっている。それでも一刻も早くこの強者と戦いたい《殺し合いたい》ッ!

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