ギルバード様とハンティング!

 ケイン先生に連れられて校舎を出てしばらく歩く。


 目的地は学園の敷地内にある森、その奥にあるダンジョンだ。三層からなるダンジョンは浅く、出現する魔物も強くない。精々レッドキャップーゴブリンより多少強いーぐらいだ。


「大勢とハンティングは初めてですね、ギルバード様」

「ああ、そうだなエミリア。ちゃんと先生の指示に従わないとな」


 飛びかかってきたコボルトから魔石を掴み、遠くに投げ飛ばす。昔は血塗れになったけど最近は手慣れてきたおかげで返り血一つ浴びずにコボルトを始末できるようになった。


 私達の後ろではリュウトさんとタイガさんが何やらヒソヒソお喋りをしている。


「リュウト……」

「ああ、今日もいい天気!」

「コイツ、現実から逃やがった」


 互いの肩を小突いたり、戯れついたりしていてとても仲が良さそうだ。


 視線を前に戻すとロックとディンセントが歩いている。気分でも悪いのかディンセントは俯く。その背中をロックがやれやれといった表情で撫でていた。


 さらにその先をケイン先生が歩いていく。木の枝を踏む私たちと違い、足音一つなく歩いている。現役の冒険者かつレンジャーの職業ジョブを持っているからだろう、所作の一つ一つに対して無意識に気を配っている。


「ついたぞ、ここがダンジョンだ。通路が狭いから気を付けろよ」


 ケイン先生が指差す先には洞窟があった。ぽっかりと空いたその奥でいくつかのギラついた目が闇に消えた。足音に気づいた魔物が逃げたようだ。


「ディンセントさん」

「なんでしょう、エミリアさん?」


 ディンセントに声をかける。彼は満面の笑みで顔をあげ、目に刺さるほど長い前髪から焦げ茶色の瞳が覗く。


 絶対その長さの前髪は戦闘で邪魔になると思う。まあ、魔法使いだから激しく動く機会がないから困らないのだろう。


「ディンセントさんは後衛に回った方が良いかと思います。先ほど魔物が奥に逃げたので、先頭にいると攻撃されるかもしれません」

「それも、そうだな……うん、後ろにいよう。大抵の敵は君たちでどうにかなるしね、うん」


 私は善意でアドバイスを送ったつもりだったがディンセントさんが落ち込んでしまった。


「ディンセント様、魔物を拳で殺すだけがモテる秘訣じゃありませんって。ここはクールに魔法で支援しましょう!まずは信頼関係の構築です!」


 後ろに向かうディンセントさんにロックがフォローしていた。ロックの言葉が効いたのか、少しだけ表情が明るくなった。


 隊列を変え終わった所でケイン先生が声をかけてきた。


「囲まれる前にディンセントさんとリュウトさんは魔法で援護、タイガは背後を警戒。その他は先を確保って感じだな。悪くない隊列だ。じゃあ、入っていくぞ〜」


 ◇◆◇◆


 洞窟の奥を進むが一向に魔物の姿は見えない。一本の細い洞穴を一列で進む。


 魔物の奇襲を恐れて誰も口を開かないが、緊張した雰囲気ではない。


 レッドキャップ、つまりゴブリンの上位種といえども所詮はゴブリン。真っ赤な三角帽子を被り、手先が器用なだけの魔物だ。


 コボルトやゴブリンと違い、完全な草食である彼らは木の実や植物の根を掘って生活している。


 洞穴に巣を作り、外敵に備えて罠を仕掛けることもある。最も、蔓に骨を巻きつけただけの簡素なものだ。


 それでも何かがおかしい。私は直感的にそう思った。


 進めど進めど影も見えぬ魔物。草食だから洞穴の奥に逃げただけか。そうだと思いたいな。


 僅かな臭気を嗅ぎ取り、スンと鼻を鳴らす。濃厚な血と臓物の匂い。それと腐敗した死肉。


 背後にいるギルバード様にハンドサインを出した。掌を二回開く動作、『異常あり』を意味する。


 先頭にいたロックも気づいたようで、忍足で近寄ってきた。私は短剣を構えつつ、ロックと共に通路の奥へ進む。


 曲がり角に差し掛かり、慎重に覗き込んだ先は開けた空間だった。真っ直ぐ進んだ先には地下へと続く階段がある。


 同時に覗き込んだロックが広場から顔を背けた。地面にしゃがみ込み、浅く呼吸をする。痙攣する背中を摩り、再度広場に視線を向けた。


 夥しいレッドキャップの死体が地面に転がっていた。どれもこれも鮮やかに喉笛を掻っ捌かれ、傷口から流れた血液は固まっている。


 臭いからして恐らく、殺されて一週間はたっている。


「こりゃ、酷いな。嫌な予感がする。一旦撤退するぞ」


 いつのまにか背後にいたケイン先生が広場の現場を見て、即座に判断を下した。脱力した表情が基本のケイン先生だが、撤退を指示した時は危険に対峙した冒険者のそれである。


 生徒たちに緊張が走った。


「ダメです、先生!後ろからレッドキャップがッ」


 撤退しようと背後を振り向いた瞬間である。タイガさんの焦った声とともに剣が肉を切る音が洞穴に響いた。


「挟撃ッ?皆下がれッ、洞穴の奥に広間がある!そこで迎え撃つぞ!くそ、誰がこんな真似をしやがったァ!?」


 ケイン先生が取り乱しながらも的確な指示を出す。


 ギルバード様が魔法で支援しようと口を開き、拳を強く握って唇を結ぶ。直線でしか撃てない魔法しか習得していない私たちでは味方を巻き込んでしまう。


 前方を警戒し過ぎて後方を疎かにしていたツケだ。私たちは混乱しつつも広場に下がる。


 念の為に配置したタイガさんが辛うじて魔法使いのリュウトさんやディンセントさんを庇いながら応戦している。


「どうなってる!!ライトニングアクションッ!」


 タイガさんが呪文を唱え、雷を纏う。次の瞬間、足音もなく姿が消えた。1秒後、三重に聞こえる足音の後に私の前に突然姿を現した。両手にリュウトさんとディンセントさんを抱えている。


 見えなかった。


 呪文を唱えた後の動作。剣を鞘に納め、二人を抱え上げ、広場に走ってくるという一連の動き。生き物の限界を超越した速度。その予備動作さえ捉える事ができなかった。


 この男、間違いなくギルバード様より素早いッ!!


「ググッ、ギャッ!」


 足元ににいたレッドキャップの死体が立ち上がる。各々奇声をあげながら武器を手に持つ。死んでいるはずなのに動き出したレッドキャップの頭部を蹴り飛ばす。


「ディンセント様、通路に魔法をッ!お守りします」

「分かった、皆通路から離れろ!エクスプロージョン〈集中〉ッ!」


 ディンセントの魔法が通路を埋め尽くすレットキャップに炸裂する。爆風は洞穴の壁を傷つけることなくレットキャップだけにダメージを与えた。


 決死の形相をしたロックが短剣を抜きつつ、ディンセントに迫ったレットキャップを斬りつける。


「範囲指定で威力を上げたのか、凄いなディンセント兄さんは。さすが炎のダーワーク家!」


 ギルバード様はレットキャップの首を三つ同時に切り落としながら、惜しみない称賛をディンセントさんに贈る。


 魔法の威力は鍛錬であげることが出来る。事実、私もギルバード様との特訓のおかげで大木五本を一回に倒すことが出来るようになった。


 それでも私たちはまだ魔法の範囲を指定して威力を上げることが出来なかった。ディンセントさんの技術は紛れもなく一線プロ冒険者だ。


 背後に忍び寄ってきたレットキャップの攻撃を片手でいなし、胸に手を突っ込んで魔石を引き摺り出す。


「ん……?」


 微かに違和感を感じて、魔石をチラリと見る。


 ゴブリンの魔石と同じく緑色、それに混じる赤い斑点は紛れもなくレットキャップの魔石である。


 その魔石にどす黒い文字列が浮かび上がっていた。初めてみる魔石の特徴に驚きつつもポケットに仕舞う。


 本当はもっとじっくり見たいけど今は戦闘中だ。足下で死んだフリをしているもう一体のレットキャップを踵で踏み潰す。


「エミリアッ!このレットキャップ、恐らく不死身アンデッドだ!完全に壊さないと立ち上がってくるぞッ、ええいキリがない!」


 ギルバード様が先ほど頭を切り落としたレッドキャップの足を切り落とす。床に崩れ落ちながらも腕を使って私たちに向かって来る。


「エアブラスト!この数では一体一体相手にできませんよッ!」


 リュウトが風魔法を唱え、凄まじい風圧で10体ほどのレッドキャップを洞穴の奥に吹き飛ばす。ほんの僅かな時間、レッドキャップの猛攻が止む。その隙を逃さず、ケイン先生が叫んだ。


「今だ、皆通路に走れ!」


 ケイン先生の指示を合図に反応したのはロックだった。ディンセントさんの手を掴み、走り出す。続いてリュウトさんもタイガさんと共に通路に走り出した。


 私もギルバード様に呼びかけられ、走り出す。


「エミリア、このままでは俺たちと共に魔物共も外に出てしまうッ!ヤツらを閉じ込めるには洞穴を破壊するしかない!」

「分かりました、ギルバード様ッ!」


 ギルバード様の話を聞きつつも私はウォーターランスを背後に撃つ。


 髪をつかもうとしたレットキャップの腹を穿ち、その背後に追従する連中も巻き込みつつ洞穴の壁に刺さった。


 ギルバード様も走りながら洞穴の壁に水の槍を突き立てていく。


 出口が見えて来る頃、天井に走った亀裂から小石や砂が落ちて来る。


「どうやらディンセント兄さんも同じ考えみたいだなッ!エミリア、全力で走れッ!」


 出口に立つディンセントさんが洞穴に対して杖を構えていた。


「撃つぞッ!エクスプロージョン〈集中〉!」


 爆風を背中で浴びつつ、ディンセントの横をギルバード様と共にスライディングしながら通り過ぎた。


 ガラガラと地響きを伴いながら崩れる洞穴。奥で蠢く魔物たちが崩落に巻き込まれていく。その様子を皆で眺めた。


「とりあえず、終わったな」


 ケイン先生の言葉をきっかけに視線が隣の人物に映る。ほぼ同時に皆が喋り出した。


「エミリア、怪我はないか?」

「ギルバード様、お怪我はございませんか!?」

「ロック、顔が青いぞ大丈夫か?死ぬのか?」

「ディンセント様生きてますか!?」

「リュウト、大丈夫だったか?お前に何かあったら俺、弟に合わせる顔がッ」

「タイガ、ヤバかったな!」


 お互いの顔を見て、やがてロックとディンセントさんが笑い出した。


「ロック、お前主人に対して『生きてますか?』はないだろう」

「ディンセント様の『死ぬのか?』も大概ですよ」


 呆れたディンセントさんに笑いながら頭を掻くロック。魔物と戦うときより顔色が少し良くなっていた。


 タイガさんは無事でよかったと叫び、おいおいと涙を流しながらリュウトさんを抱きしめている。嫌そうな顔をしているものの、リュウトさんはされるがままだった。


「皆、無事で良かった」


 ギルバード様が安堵した様子で目を細め、皆の様子を見つめていた。血と肉片に塗れつつもその場にいる誰もが晴れやかな顔をしていた。


「そんじゃあ、時間より大分早いけど校舎に戻るか」


 ケイン先生を筆頭に私達は校舎への道を歩き出した。

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