ギルバード様に忖度しよう!

 冒険者学校の職員室、その奥にある一室。職員の中でも上位の、すなわち学年主任や副学長、学長などの権力のある面子が集結していた。


 その中で唯一起立した女性がいる。小さな眼鏡、一つに束ねてサイドに流した栗色の髪。ワンサイズ小さなスーツを押し上げる豊満な双丘は万人の視線を独占するだろう。


 その女性は手に持っていた資料をそれぞれの職員に手渡す。


 資料が行き渡ったのを確認した学長は手を組み、机に肘をつける。代々学長に伝わる『いかにもこれから大事な話をするポーズ』である。


「さて、本日皆に集まってもらったのは他でもない。平民、エミリアの件についてだ」


 ざわざわと職員にどよめきが走る。


 それもそのはず、例年この時期に開かれる会議の議題は『どの王位継承権を首席にすれば角が立たないか』である。ついでに繰り広げられる責任転嫁や役職の押し付け合いの方が重要なのだ。


 それがましてや、たかが平民。貴族出身の職員が鼻で笑い、こそこそと互いに囁いていた。


 舐め腐った貴族職員の嘲りを肌で感じながら学長は小槌で机を叩く。その場にいる誰もが一斉に静まり返った。


「入学試験では各試験会場にゴブリンを30体配置する決まりだ。過去の資料では一人につき最高討伐数は10体」


 貴族職員が尊大な態度をとりつつ、手渡された資料をめくった。その紙に書かれた内容を見るにつれ、ヘラヘラとした笑顔が崩れていく。


「討伐数三十体? たかが平民が!? いやそんなまさか、私の老眼が悪化したに違いない」


 貴族職員は鼻の上に乗っけた眼鏡を外し、目頭をぐりぐりとマッサージした。事態を飲み込むにつれ、怒りが込み上げる。


 貴族ならばともかく、平民が。貴族よりも先に記録を更新した、だと?


「本来ならば首席ではなく学費半額免除辺りで合格させれば問題はなかった。が、あの平民はすでに受験者のうわさになっておる」

「そんなもの、退学をちらつかせばどうとでも……」

「加えて、この平民はギルバード様の妾だ」


 反論した貴族職員が軒並み口を閉ざした。当然、貴族出身の彼らは妾の正しい意味を理解している!


 慌てふためいて資料をめくり、ギルバードについて記された頁を開く。


「10歳……。その歳ですでに肉欲に支配されているのか!?」

「国王陛下の血を色濃く受け継いでいるとはいえ、そこも受け継がなくてもよかっただろうに」

「10歳でさえ妾を持つ甲斐性があるというのに我々ときたら正妻すら危うい!これは負けましたなぁ!!」


 貴族職員の囁きがやがて全職員に行き渡り、会場は混乱の極みに陥った。その中でも女性職員らがドン引きしていることには誰も気づかない。


「つまりは、だ。この平民を中途半端な位置にすれば我々に非難が向く。かといって首席では王族を貶める結果となる、ということですね」


 貴族職員の中でも最も位が高い、アーゼン公爵が現状をまとめた。額から流れる汗をシルクのハンケチで拭き、首を圧迫するネクタイを弄る。


「ええ、アーゼン公爵様。まさしくその通りです」


 学長は席から立ち上がり、アーゼン公爵に頭を下げる。職務の立場は学長が上だが身分はアーゼン公爵の方が上である。


 こういった身分差も考慮しながら会議を進めるというストレスマッハな業務により、学長の頭はツルッツル。毛根の事業撤退はもはや回復不可能なレベルにまで進行しているのだ。


「これらのことを踏まえ、私の意見だけで処分を下すのはまずいと判断した。職員らの意見を仰ぎたい」


 学長が貴族職員らに視線を向けた。彼らは立ち上がり、口々に野蛮なことを叫び始める。


「不正をでっち上げて出禁にすべきだ!」

「学費を3割増で要求すれば辞退もするだろう!」

「私の子飼いの暗殺者で始末しましょう!」


 もはや互いの発言に被せ、涎を周囲に撒き散らしながら罵詈雑言を発する彼ら。


 醜悪な彼らを平民出身の職員が静かに見つめる。冷め切った視線に気づくことなく貴族職員は互いの胸ぐらを掴み、いよいよ取っ組み合いの喧嘩を始めた。


 アーゼン公爵は取っ組み合いを始めた連中を魔法で吹っ飛ばし、腕を組んで椅子に深く腰掛ける。


「私見を述べるなら、そうですね。成績上位者特例制度の採用内に入れれば問題ないかと。上位過ぎず、下位過ぎず。今年度の合格通知は具体的な討伐数は伏せ、5段階評価にすれば批判を回避できるでしょうな」


 具体的なアーゼン公爵の提案に学長は満足そうに頷いた。


「では、その案を採用しよう。首席を誰にするか、についてだがこちらは成績並びにお心付けを考慮してギルバード・エッテルニヒに決定した。異論はあるか?」


 貴族以外の職員も頷く。貴族の連中は軒並み気絶している。学長就任以来の満場一致である。


 誰一人叫ばない会議室を感無量の思いで周囲を見廻す。学長は人生で初めて晴れやかな気持ちで高らかに会議終了を宣言した。


「では、解散ッ!!」

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