ギルバード様のメカケ!!

「ふん、先制攻撃あるのみッ!ファイアーボール!」


 試験開始の合図と共にディンセントが炎魔法を詠唱した。


 掌に浮かぶ赤い魔法陣から炎の弾がゴブリンに発射される。


 時を同じくして私も走り出した。試験を上位成績で突破するために、一匹でも多くのゴブリンを殺さなきゃいけないんだッ!


「危ないッ!エミリアさん!!」


 ロックの悲鳴にも近い叫び声が聞こえるが、当然無視する。あの程度の威力で私が怪我をするわけがない。


 ゴブリンが一列に並ぶ位置に移動する。腰を落として力を込めて空気を殴った。


 亜音速で殴りつけられた空気が圧縮され、前方に打ち出される。やがて空気は衝撃波となってゴブリンの脳を揺らした。


 ついでに射程に入っていたディンセントに風圧を与え、哀れにもその体は20体のゴブリンと共に壁に叩きつけられた。


「拳の風圧だけでゴブリンを吹っ飛ばした……?」


 昏倒したゴブリンの喉を手早く短剣で掻っ捌く。脳震盪から回復する頃には出血多量で死んでいるだろう。


 危うく他の受験者がとどめを刺そうとしたゴブリンに別のゴブリンを投げつけて手柄を横取りする。


 この試験会場にいるゴブリンは私が全部殺すんだ!邪魔をするなボンボンども!!


 殺意を込めながら睨むと怒っていた受験生はすぐに黙った。


 本当は魔法を使いたいところだが、ギルバード様からあまり魔法は使うなと命じられている。


 地道にゴブリンを殴り、頸動脈を掻っ捌いた。返り血を浴びるよりも早くゴブリンから距離を取る。


 ギルバード様と森でコボルトをいかに優雅に殺すか特訓していてよかった!!


 他にゴブリンの姿が見当たらなくなった頃、職員が再び壇場の中央に姿を現した。


「あ、えー。予定より3時間20分ほど早いですが、ゴブリンの全滅を確認しました。これにて試験終了です」


 職員の宣言が静かに試験会場に響いた。受験者はそれぞれの顔を茫然と見ている。


 職員は受験者の様子を一瞥すると、パチパチと拍手をする。その顔は晴れやかとは言い難いものだった。


「今回は誰一人リタイアする間も無く全員合格、ですねぇ。おめでとうございます」


 職員は受験者を軽く労い、全員に合格を言い渡した。最初は信じられなかった様子の受験者たちが徐々に事実を飲み込みはじめた。


 ーすなわち、よく分からないがとにかく自分たちは合格したのだ、と。


 会場に歓声があがり、互いに抱擁し、その場にいる誰もが身分を超えて喜びを分かち合った。


 周囲の晴れやかムードとはうってかわって私はむむむと眉をしかめる。


 成績上位者特例制度の基準が分からなかったからとりあえず視界に入ったゴブリンをなるべく殺したけど、あれでよかったのかなぁ?


 やっぱりもうちょっと殺さないと安心できないな。出来れば百匹ぐらい殺せばよかったんだけど、数が少なかったんだよなぁ。


「それにあの剣さばきは一切弟子をとることなく隠居したという剣術の天才、セバス・チャンのそれじゃないか!一体、君は何者なんだ?」


 慌てた様子でロックがディンセントの片足を引き摺りながら駆け寄ってきた。目を回したディンセントはされるがままだ。


「エミリアです」

「えっと、それは知ってます。俺が聞きたいのはですね。もしや貴族の関係者、なのでしょうか?」


 そういえばギルバード様が『お前は俺の特別なメカケだ。他の貴族に聞かれたらそう答えておけば悪いことにはならないだろ』と教えてくださっていた。


 ギルバード様に教えてもらった通りにワンピースの端を摘み、少しだけ持ち上げて腰を落とす。


「はい、ギルバード・エッテルニヒ様のメカケです」


 ロックはあー、ともうんとも言えないうめき声をあげた。よろよろとディンセントが立ち上がる。


「メカケ、妾?ハハハ、ロック。俺ちょっと、この気持ちどうすれば……?」

「受け入れて乗り越えてください、ディンセント様」


 茫然と笑うディンセントをロックが切り捨てる。


「いやだって、この現実、俺にはちょっと辛すぎるっていうか。うん、俺先に馬車に戻ってる……」


 なにやら落ち込んだ様子で外に向かうディンセントを見送る。頭でも打ったのだろうか。保健室に行かなくて大丈夫かな。


 ディンセントが消えたところでロックがジャンプしながら地面に倒れ伏した。


 ギルバード様の教えによればたしかこの作法はダイナミックジャンピングドゲザ。貴族社会では最大級の謝罪を意味する。


「この度は我が主人、ディンセント・ダーワーク様が大変失礼致しましたァ!まさかエミリア様がギルバード・エッテルニヒ様と内縁の関係であるとは露知らず、呼び捨てたことをどうかお許しくださいィ!!!」


 声帯の限界を超えてロックが叫ぶ。何事だ、と周囲の受験生が群がりはじめた。


 アワアワと慌てているとさらにロックが絶叫する。


「どうか、どうか決闘を申し込むのだけはァ!ご勘弁願いたく申し上げますゥゥ!!!その代わり私めはお好きなようにィ!」

「何の話か分かりませんが、顔をあげてくださいロックさん」


 ギルバード様に教わった通りにドゲザをするロックの肩に手を置き、微笑みかける。


 おずおずと顔を上げるロック。その顔は涙でグショグショだが晴れやかなものである。


 よかった!ギルバード様の言う通り、笑っていればどうにかなるっていうお言葉は本物だった!


「エミリアさん……」


 ロックはなにやら感極まった様子で私の名前を呼んでいる。予想以上の効果だ。


 えっと、たしかこの場合はなんかそれっぽいことを言えばいいってギルバード様が言ってた気がする!!


「ロックさん、今日はお互いに合格したことを喜びましょう?」

「ありがとうございます、エミリア様ァ!!」


 会心の効果だ。ロックも謝ることをやめて感謝しているし、ギルバード様は本当になんでもご存知だなあ!!流石ギルバード様!


 ロックの頬を伝う涙を指で拭い、とりあえず微笑む。たしかギルバード様の教えによると、いいことを言った後は無言で立ち去るといいとおっしゃてた。


 再度ロックに貴族のお辞儀をしてそそくさとその場を立ち去った。


 ◇◆◇◆


 会場の外に出るとギルバード様が腕を組んで柱に背中を預けていた。


「ねえ、あちらにいる銀髪の男の子って……」

「だよね、絶対そうだよね!ギルバード様だよね」


 あまりのカッコ良さに周囲の女子がヒソヒソと噂話をしている。ふふん、やっぱりギルバード様は凄い人なんだ!えっへん!


 私を見つけたギルバード様が手を振って駆け寄ってきた。私もギルバード様に会えた喜びで駆け足になる。


「試験の結果はどうだった、エミリア?」

「合格です!ギルバード様のおかげで突破できました」

「すごいじゃないかエミリア!」


 褒められて有頂天になっちゃう!


 照れながらモジモジしているとギルバード様がそわそわした様子で尋ねてきた。


「そ、その、どれぐらいの数を倒したんだ?いや、別に数を競うわけじゃないんだがな。参考までに聞きたい、って感じだ。分かるだろ、こう上を目指すのは貴族の務めだからな?」

「三十、ぐらいでしょうか?」


 そうか、と納得した様子でギルバード様が頷いた。きっと一般的な討伐数を知りたかったのだろう。


「二十九体の俺より多い……?いや、ぐらいって言ってたからまだ望みはある?」


 なにやらブツブツと呟いて、数秒考え込んだ。頭をブンブンと振って腰に手を当てた。


「とにかく、今日はお互い合格できてよかったな!詳しい結果は後日郵送で知らされるらしいぞ。とりあえず、今日は帰るか」

「はい、ギルバード様」


 帰りの馬車へと向かうギルバード様の後ろをついていった。

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