ギルバード様は没落王子!

 三年に一度、王族のみが出席するパーティーがある。そのパーティーに出席するため、俺は王城に向かっていた。


 本音を言えば絶対に出席したくない。前回出席したときに3歳上の兄フレデリックに徹底的に煽られたことがトラウマになっているからだ。


 互いにけなし合い、牽制するという目的で開かれるパーティー。名前を間違えようものなら即処刑もありうる。


 また、ついうっかり王太子アルベシードと会話するとまずい。その王太子に反目している長女ベラドンナと会話するとさらにまずい。


 期待している母上に申し訳ないが、今日はアルベシードとベラドンナとは絶対に接触しないことを目標にしよう。


 末っ子たる俺は神経をすり減らし、陣営を固めようとする長兄達の話しかけたいオーラを回避しなければならないのだ。


 俺の必死の願いも虚しくパーティーが中止するという奇跡は起きず、泣く泣く馬車を降りる。


「ギルバード、母はお前が必ずやこのパーティーでのし上がって王位継承権争いに返り咲くことを信じていますよ」


 どこで誰が聞いているかもわからないからあまり『返り咲く』とか『のしあがる』という単語を使わないでほしいな、母上!


 王城の前で母上と別れ、招待状を兵士に見せて案内してもらう。やばい、すごい帰りたい。ずっと領地に引きこもっていたいな。


 兵士が豪華な両開きの扉を開けると、ガヤガヤと人の話し声が聞こえてきた。中にいた群衆が開いた扉の先にいる俺を見つめる。


「あの銀髪、真っ赤な瞳は王位継承権第43位のギルバード・エッテルニヒ!43位のギルバード・エッテルニヒじゃないか!」


 ワイングラスを片手で持ちながらフレデリックが話しかけてきた。母親譲りの重力に逆らった黒い髪で風を切りながら近づいてくる。


「こ、これはフレデリック兄さん。久しぶりですね」


 苦笑いしながらフレデリックの応対をする。関わりたくない、でも無視すると後が怖い。


「てっきり今日は来ないのかと思ってたぜ。なにせ第43位だもんなぁ?」


 フレデリックがチラリと背後を見ると彼の取り巻きがクスクスと笑っている。


 うぐぐ、言い返せないことをいいことにせせら嗤いやがって……!


「フレデリック、末っ子のギルバードを虐めちゃダメですよ。兄として模範となる振る舞いを心掛けましょうね」


 いきなり背後から俺の肩に手を置かれ、長兄のアルベシードがフレデリックに話しかけてきた。


 ああああ!二番目に関わりたくない人だああ!肩掴まれてるから逃げられないよぉ!!


「私に免じてフレデリックを許してやってくれないかい、ギルバード?」

「お構いなく……フレデリック兄さんなりの気遣いだと心得ておりますので……」

「ギルバードは賢いですね。あぁ、フレデリック。ベラドンナはホールの端にいますよ。挨拶がまだ済んでいないでしょう?」


 アルベシードがフレデリックに微笑みかける。ベラドンナ派のフレデリックは冷や汗をかきながらベラドンナの方を見た。


 釣られて俺もそっちを見た。燃える炎のような橙色の鋭い視線が突き刺さる。あああこっち見てる!やめてぇ!


 ベラドンナの視線に気づいたフレデリックが慌ててベラドンナに挨拶に向かった。


「大変でしたね、ギルバード。ところで、来月の20日は空いてますか?私が主催する剣術大会があるんです。出来れば剣聖の職業ジョブを持つ貴方に参加してほしいんですがどうでしょう?」


 この大会に参加すれば間違いなくベラドンナ派から敵だと認定されてしまう。しかし断ればアルベシードに助けて貰った恩を踏みにじる不義理者として社交界デビューしてしまう。


 まずい、実にまずい。断っても断らなくても地獄行きじゃないか。


 冷や汗をダラダラと流し、この場を逃れる上手い言い訳を考えたが思いつかなかった。どうしよう、どうしよう。


 ペチンッという音を立てて何かが俺の足に当たった。視線を落とすと1組の白い手袋が落ちている。


 投げつけられた手袋はフレデリックと刺繍されている。その背後にいるベラドンナがニヤニヤと笑いながらこっちを見ていた。


 あれ、この流れはとてもまずいのでは……?


「ギ、ギルバードォ!俺と決闘しろォ!」


 決闘申し込まれちゃったああああ!


 ◇◆◇◆


 パーティー会場の広間が片付けられる。テーブルは脇に退けられ、俺たちを中心に人の輪が形成された。


 クラン王国における法律として申し込まれた決闘は病気以外の理由で断った場合、負けたものとして処理される。負けた者は勝利者の所有物となるという決まりがあるのだ。


 勿論無闇矢鱈と決闘を申し込むことはできない。決闘は公の場でより社会的立場のある人物の承認が必要なのだ。


「と言うわけで王位継承権第32位フレデリック・ブラウン対王位継承権第43位ギルバード・エッテルニヒの決闘が正当で公平なものとして認める。認めるのは王位継承権第1位たる私、アルベシード・クランフォーロとー」


 アルベシードの横に立つベラドンナが続きの言葉を引き継いだ。


「王位継承権第2位、ベラドンナ・コルテサンの2名が執り行います。ルールは簡単、いかなる手法を用いても構いません。相手をぶちのめしたら勝利です。フレデリック、応援してますよ?」


 応援されたフレデリックはガタガタと震えながらファイティングポーズを取る。ベラドンナに脅されて決闘を申し込んできたのだろう。


 彼の職業ジョブは拳闘士、接近戦が得意だと前に語っていた。剣があればそこまで手強い相手じゃない。まあ、剣持ってきてないんだけどね!!


 だってパーティー会場に剣持ってくわけないじゃん!どこが正当で公平な決闘だよ!めちゃくちゃフレデリックが有利じゃないか!


「はじめ!」


 青ざめていたフレデリックがアルベシードの合図で戦士の顔になる。勢いよく踏み出しながら拳を突き出してきた。


 真正面、腹部への正拳突きだ!


 ひょいと避ける。避けるついでに軽く彼の腹を殴ってみたがビクともしなかった。


「へ、へへ……。何が剣聖だ、大したことねぇな」


 ああああ全然効き目ない!ダメだ勝てる気がしないよぉ!!どうしよう!!


『でででれれーん!』


 絶望していた時、空から聞き慣れた音が聞こえた。このトランペットの低い音色はレベルアップのお知らせ神のお告げだ。


 魔物を倒した訳でもないのにレベルアップするなんておかしい。ましてや誰かとパーティーを組んだ覚えもない。


『パーティーメンバーのエミリア様が魔物を討伐しました。パーティーリーダーのギルバード様への経験値を受け取りした』


 何やってんだアイツ!?いつの間にパーティー組んだんだ?


 混乱する俺を余所にフレデリックが攻撃してくる。いなしながらお知らせ神のお告げに耳を傾けた。


『現在ギルバード様のレベルは5です。ステータス魔法を覚えました。呪文はステータスチェックです。次のレベルまであと300の経験値が必要です』


 そういえば特定のレベルに到達すると特殊な魔法を覚えると家庭教師が言ってたな。ステータス魔法というのもそれだろう。


 袖を掴んで体勢を崩そうとするフレデリックの手を振り払って背後に回る。


 職業ジョブは俺の方が有利。逃げ回っていたのはフレデリックが俺よりもレベルが高かったからだ。エミリアの勝手なレベリングのおかげで今や俺たちのレベルは同値。


 この瞬間、フレデリックは脅威ではなくなった。


「いつまでも逃げ回る俺だと、思うなあ!!」


 ジャブを打ち込んできたフレデリックの腹に|反撃(カウンター)のパンチを鳩尾に入れる。


「ひぐぅっ!?」


 少し回転を加えながら突き上げるようにして入れたおかげでフレデリックは体をくの字に曲げて地面に片膝をついた。


 げぇげぇと吐瀉物を城の真っ赤な絨毯にこぼしている。


 周囲で俺の敗北を確信していた他の兄弟達が呆然とフレデリックを見ていた。


「し、勝者ギルバード・エッテルニヒ!この時よりフレデリック・ブラウンの王位継承権を剥奪し、勝者の所有物となる!」


 誰よりも早く現実に戻ったアルベシードが俺の勝利を宣言した。まだらで調子外れな拍手が会場に響く。


 ベラドンナは冷たい顔でフレデリックを見下している。これにはフレデリックも蒼白を通り越して紫色になった顔で地面に倒れこんだ。


「もう終わりだ……、ブラウン家も俺の人生も未来はない。一体、俺はどこで道を間違えたんだ?」


 フレデリックが地面に手をついて三白眼の瞳から大粒の涙を落とす。母さん、と呟いたのが聞こえてしまった。


 ちょっと可哀想だな、フレデリック兄さん。アルベシード兄さんとベラドンナ姉さんの権力争いに巻き込まれたばっかりにこんなことになって。


 エミリアがパーティーを組んでいなかったら、あの場に蹲っていたのは俺だったのかもしれない。


 いつもイキリ散らしていたフレデリック兄さんはちょっとだけ憧れだった。俺よりがっしりした男らしい体をしているし、なにより部下の面倒見も良いと評判だった。


 地面にみっともなくうずくまるフレデリック兄さんをこれ以上見たくないな。


 ポケットに入れていたハンカチを取り出してフレデリック兄さんに差し出す。


「フレデリック『兄さん』、俺の所有物ならしゃんとしてください。何時もの威勢と野心はどうしたんですか」


 フレデリックが顔を上げる。差し出したハンカチを見て目を丸くしたあと、俺の顔を見た。


「ギ、ギルバード。フレデリック、いやその男は所有物であり、優しく接する必要など……」


 信じられないものを見たという表情でアルベシードが俺を見る。たしかに所有物である以上、フレデリックに対して人として扱わなくても誰も俺を咎めないだろう。


 それでも俺はフレデリックに優しく、人として接した。


「決闘を申し込んだ俺にどうして……?」


 恐る恐る尋ねてきたフレデリックに微笑みかけ、吐瀉物に塗れた口元を拭ってやる。


 実際はそんなに大したことないパンチだったから余裕ぶっこいてるだけだけど、ここはなんかカッコいい事を言った方がいい気がした。


「俺はフレデリック兄さんと互いを尊重しあえる、そんな兄弟関係になりたかったんだ」


 俺の言葉を聞いたフレデリックは黒い瞳を潤ませ、大粒の涙を流しておいおいと泣き始めた。


「うおおお、ギルバードォ!俺、今まで散々酷いこと言ってたのに許してくれるのかよぉ〜うおおおあああん!」

「ああ目元を擦ったら赤くなっちゃいますよフレデリック兄さん!」


 周囲もヒソヒソと噂話を始めた頃にアルベシードの声かけで今日のパーティーは解散となった。


 フレデリックの処遇は俺に一任されたので、とりあえず今日は家に帰って母上に相談。後日フレデリックの家に通達するということで決着はついた。


 こうして俺の人生初めての決闘は無事勝利に終わった。フレデリックは俺の所有物になったし、なんとかアルベシードのお誘いを有耶無耶に出来た。おまけにベラドンナとあまり関わらずに終わったので今日の目標は達成だな!!

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