ギルバード様は一味違う!
エッテル領にある孤児院。
その建物は古ぼけており、外壁は蔦で覆われている。割れた窓と人気のない場所に建っていることもあって老婆の霊が出ると噂されている。
まあ、その老婆の霊というのは孤児院の経営者であるマザーなんだけどね。
孤児院の扉を勢いよく開けながら元気よく行ってきますと叫ぶと2度と帰ってくるなという怒号が帰ってきた。うん、マザーは今日も元気!
孤児院の外には腕を組んだギルバード様がいらっしゃった。
彼が背後にある馬車に乗った御者に指示を出す。それでは後ほど、と御者は言い残し手綱を操って馬車を発進させた。
馬車を見送り、ギルバード様に挨拶する。
「おはようございます、ギルバード様!本日も麗しゅうございます!」
「気持ち悪っ……」
しかめっ面で言い放つギルバード様。その仮面の裏に隠された優しさをこのエミリア、勿論知っておりますとも!
「今日は何します?」
「とりあえず森にいくぞ」
すごい、昨日ゴブリンに襲われたばっかりなのにあの森にまた行くなんて!
やはりギルバード様は私達平民とは違うんだ。尊敬の念を抱きながらギルバード様の背中を追いかけた。
◇◆◇◆
ギルバード様の先導で森に入る。
鬱蒼と茂る森は昨日の件もあって少し不気味だったが、ギルバード様の存在を思い出して自分を元気付けた。
魔物が出ても剣聖っていう凄い
そこそこ拓けた場所に着くとギルバード様はポケットから紙片を取り出し、読み上げた。
「よし、今日は平民のお前に魔物との戦いの基礎ってヤツを教えてやる!」
もしや平民の私のために
「まずは知識からおさらい。
「はい!神様が人間に適性のあるお仕事を教えてくれたものです!」
そもそも
噂によると
それに比べて
「よく分かってるじゃん。ちなみに俺の
ギルバード様は胸を張って腰に手を当てている。貴族ともなるとその動作も優雅そのものである。
「凄い、さすがギルバード様!」
「まあな!」
両手をパチパチと叩いてギルバード様を褒めると彼は頭を掻き、謙遜した。
ゴブリンを倒したことを自慢しなかったことを思い出し、私の思考は一つの可能性に行き着いた。
この人は他の驕り高ぶるクソッタレの貴族とは違うんだ。なんて敬虔で慈悲深いお方なんだろう!
「平民で学のないお前に分かりやすく教えてやる!剣聖っていうのはつまり剣を扱うのが上手いってことだ!」
シュババッ、とギルバード様が剣を振った。あまりの素早い剣さばきを辛うじて眼球が追いかける。
ギルバード様の剣先が風に煽られて舞い落ちる木の葉を両断した。
熟練の手つきに思わず歓声をあげるとギルバード様はふふんと鼻を鳴らして得意そうに剣をしまった。
「ちなみにだが、俺は魔法も使えるぞ!貴族なら当然のタシナミってヤツだがな。自慢でもなんでもないんだがなッ!」
「ま、魔法!凄いや凄いや!」
貴族しか使えないという魔法。平民の私が逆立ちしても絶対に使えないものだ。やっぱりギルバード様って凄い!
「特別にお前にも見せてやる。ウォーターランス!」
ギルバード様が呪文を唱えると掌に水色の魔法陣が現れ、その中央から水でできた槍が現れた。
バシュン、という風を切る音とともに水飛沫を飛ばしながら水の槍は大木の幹に突き刺さった。
突き刺さると同時に形が崩れ、大木の根元を湿らせる。
「魔法が使えるなんて凄い、凄いよギルバード様!」
「へへっ、それほどでも……。オホン、さて本題に入るぞ」
咳払いを一つしたギルバード様。真面目な雰囲気になったことに気づき、私も背筋を正してギルバード様の話に耳を傾けた。
「魔物との戦いの基礎、つまり魔法を特別に教えてやる。本当は教えちゃダメだけど」
ギルバード様からの思いもがけない宣告に目を丸くする。ギルバード様は優しく言い聞かせるように続けた。
「いいか、俺が使っていいぞって言うまで使っちゃダメだ。あと誰にも言うなよ、内緒だぞ」
指を立て、手を腰に当てて念を押すギルバード様に対してコクコクと首を振る。
脳内ではギルバード様の内緒だぞというフレーズがリピートしていた。内緒、なんて背徳的な響き!
ドキドキする胸を押さえてギルバード様の話に耳を傾ける。
ギルバード様の話によると魔法とは魔力を操って呪文を唱えると発動するらしい。
魔力の質によって使える魔法に違いが出る。勿論、それを鑑定するための道具がある。
なんとギルバード様はその道具を持ってきてくださったという。ギルバード様の配慮に涙が出てきそうだ。
今泣くわけにはいかないので空を仰いで目をシパシパさせる。
ギルバード様はポケットを弄って一つのレンズを取り出す。
銀縁に収められたそれは
「これは
ト、トクベツ!!なんて甘美な響き!人生で初めて使われた単語に動悸がバックンバックンと鳴り響く。
嬉しくてにやけそうになる頬を内側からかみ、喜びを噛みしめる。
ギルバード様は私の様子を見て首を傾げたがとくに言及しなかった。レンズを絹のハンケチーフで拭き、レンズ越しに紅の瞳と視線がぶつかった。
「うん、俺と同じ水属性の魔力だな」
ギルバード様と同じ水属性の魔力!
ゾクゾクとした高揚感が背中を駆け上がる。
自分がこんなにも素晴らしいお方と同じ水属性の魔力を持っていたなんて知らなかった。
「練習方法は俺と同じでいっか。よし、いいか。魔法に一番大事なのは魔力の存在に気づくことなんだ」
ギルバード様は
「魔力とは魔法を使うために必要なココロの力。平民が使えないのは魔力の存在や使い方を誰も教えてくれないからだ。ちなみに魔力を使い切っちゃうと気絶するから気をつけてね」
チラチラと紙片の内容を確認しながらも分かりやすく説明してくださったギルバード様の優しさに胸がいっぱいになる。
質問をするとギルバード様はその都度丁寧に回答してくださった。
「ここまで理解できたね。じゃなくて出来たな。うん、やってみよう。習うより慣れろってセバスチャンも言ってたしどうにかできるって」
「え、出来るかなあ?」
「素質はあるから出来る。俺を信じろ」
自身の胸を拳で叩くギルバード様に勇気付けられた。
弱気になっていた頭を振る。
折角ギルバード様が期待してくれているんだ。信じろって言ってくれたんだ。
ギルバード様を信じたい!
「ウ、ウォーターランス!」
私はギルバード様に言われた通り、掌を大木の幹に向けて呪文を唱える。
掌に水色の魔法陣が現れ、中央に水の槍が現れた。先ほど見たギルバード様のものよりもふたまわりほど小さい。
発射された水の槍は大木の幹に浅い傷をつけただけにとどまった。
「ハァ……ハァ……。やった、出来ましたギルバード様ァッ!」
「え、ああうん。凄いね!」
敬愛するギルバード様に褒められ、両手を上げて喜ぶ。
「いやまさか一日で成功するなんて……」
ギルバード様がなにか呟いたような気がした。魔力切れを起こし、ふわふわした頭ではなんと言ったのか分からず私は首を傾げた。
ギルバード様は頭を振り、大きく頷いた。
「よし、今日はここまでにしよう。明日はパーティーがあるから明後日、明後日に練習するぞ」
「はい!」
◇◆◇◆
「ただいまー!」
「失せろ、顔も見たくない!」
帰宅して早々罵声を浴びせられたが気にせず部屋に直行する。
前まではマザーに嫌われて落ち込んでいたが、今は違う。もうマザーなんてどうでもいい。
すっかり薄くなった枕を抱きしめた。
頭を占めているのはギルバード様。今日習ったことを頭の中で反芻する。
チラリと窓に映った自分の姿が目に入った。
『真っ青な髪に赤い目、勇者の子孫ならば
赤い目、あのギルバード様と同じ赤い目だ。太陽の光を反射した綺麗でキラキラな宝石のような目。
「あんなにも綺麗な赤と同じ赤い目……」
ぎゅう、と枕を抱きしめる。
どうしてギルバード様が魔法を教えてくれたのか分からない。でももし私がお役に立つことがあるなら、ギルバード様のお役に立ちたい。
明日になったらまた魔法を練習しよう。はやく上達してギルバード様に褒められたいな。
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