ギルバード様は賢い!

 退室した青髪の平民、エミリアの背中を見送る。


 想定していなかった事態に俺は手足が震えるのを感じた。


 この静寂に支配された空間ではとめどなく流れる冷や汗を拭うという動作しえ簡単には行えない。


「ギルバード、よくぞ手柄を立てました。母は信じていましたよ」


 母上に声をかけられ、俺は生唾を飲み込む。


 母上、ゴブリンを倒したのはさっき退室したエミリアです。あの女、ワンパンチでゴブリンの頭を吹っ飛ばしました。アイツ化け物です。


 そう言いかけ、開けた口は意思に反して別のことを言い始めた。


「あ、あんなの手柄ですらありませんでした」


 自分の手柄でもないのにいつもの癖で強がってしまった。慌てて取り下げようと母上に向いた途端、言葉に詰まる。


 母上の眉は下がり、目には涙が滲んでいた。


「まあ頼もしい。やはり国王陛下の血を受け継いでいるのですね」


 母上は壁に立てかけられた国王陛下、すなわち俺の父上の肖像画を見つめる。


 母上の話によると未亡人となったところを国王陛下はゴチョウアイしてくださったことにより俺が生まれたらしい。


「ギルバード、母は信じています。お前は剣聖という上級ハイクラス職業ジョブがあるのです。必ずやその名を世界に轟かせ、伝説となるでしょう」


 母上の期待に胸が高鳴る。俺が覚えている限りこれほど嬉しそうな表情は見たことがなかった。


 出来の悪い俺を叱らず、いつも悲しそうな顔で見ていた母上が喜んでいる。こんな俺に期待してくれている。


 その事実に余計ゴブリンを倒したのはエミリアだと言えなくなってしまった。


「頑張ります……」


 母上の期待の眼差しに負け、項垂れる。


「それよりもよい平民の子に目をつけましたね。名前はなんだったかしら?」

「エミリア、でございます」


 側に控えていたセバスチャンが母上の質問に答える。


「ギルバード、あの子と仲良くなさい。あの心酔ぷりは『使える』わ」


 母上の命令に頷く。俺に拒否権はないのだ。


 母上はさらにセバスチャンにエミリアの話をするように命令するとセバスチャンはそれに全て答えた。


 9年前孤児院に捨てられていたこと。職業ジョブがないこと。エミリアは捨てられた籠に付けられていたタグから名付けられたこと。流行り病で唯一生き残った子供であること。


 それらの情報を静かに聞いていた母上が両手をパチンと叩いた。この仕草はなにかを閃いた時のものだ。


「そろそろギルバードも冒険者育成学園に入学する年齢でしょう。ならあの平民の子も入学させましょう。学費は私が負担するわ」


 母上の意図が分からず呆気にとられる。


 冒険者学校とは魔物と戦う技術を身につける為の育成機関である。


 戦闘指揮や魔物の情報、貴族としての振る舞いなどをそこで学習しつつ手柄を立てるというのが|定番(スタンダード)な出世方法である。


 一定の身分を持つ者ならば冒険者学校に通うというのは周知の事実である。かくいう母上も昔は冒険者学校を首席で卒業したらしい。


 それが何故平民の子、ましてや捨て子のエミリアを入学させるという流れになるのか。


「我が領地での流行り病。大勢の子供が死んだのは知っていますね、ギルバード」


 真面目な表情を浮かべた母上に釣られ、俺の表情も硬くなる。


「私も出来る限りの手を尽くしました。それでも病で死ぬ子供の数は収まらず。生き残ったのはお前とあの子供だけ」

「魔物が齎した病気、子供だけに感染する病ですね」

「最善を尽くしたとしても陰口を叩かれるのは貴族の定め。我がエッテルニヒの権威が落ちつつあるのは否めません」


 つまり母上はエミリアを使って俺の名声を広げろ、と言いたいのだろう。


「納得できたようですね、ギルバード。そうです、あの子を上手く使って有名になりなさい。いい手駒になるでしょう」

「わかりました」

職業ジョブが無いなら良い引き立て役になります。それに顔立ちも整っていましたしお前が気に入れば妾にしてもいいでしょうね。負担する学費も投資と思えば痛くありません」


 母上の話を聞いていたが分からない単語が出てきた。その場で聞けばよかったのだがちっぽけなプライドが邪魔した。


 メカケ、目掛け?目を掛けるということだろうか。目を掛けるといってもどのようなことをすれば良いか分からない。


 頭をフル回転させて回答を得ようとするが結局分からなかった。そうこうしているうちに退出を促されてしまい、流されるままに自分の部屋に戻ってしまった。


 あまり飾り気のない部屋に置かれた椅子に座り、頭を抱え込む。


「ど、どうしよう……」

「どうかなさいましたかギルバード様」


 顔を上げると部屋を掃除していたアリシアが心配そうな顔で俺を見ていた。


 アリシアは長年母上に仕えるメイドであり、他のメイドからの信頼も厚い。王宮を去る母上を追ってこの屋敷に来たという。


 アリシアならば疑問に答えてくれるかもしれない。


 俺はざっくりとした経緯を話し、どうやってエミリアを目にかければいいのか悩んでいると正直に告げた。


 最後まで静かに俺の話を聞いていたアリシアは笑顔で教えてくれた。


「冒険者学校に入学するのでしたらやはり戦い方や教養を教えるべきでは無いでしょうか。過酷な戦闘訓練で命を落とさせないようにするべきかと」

「そうか、たしかに学費を払ったのに死んだら困るな。アリシア、仕事に戻っていいぞ」


 アリシアは一礼し、掃除道具を持って部屋を出て行った。


 俺は本棚の前に移動し、背表紙を眺める。


『戦いの基礎』『パーティーの組み方』と書かれた本を取り出し、机の上に置く。引き出しから紙とペンを取り出し、両頬をピシャリと叩いた。


「よし、夕食までにアイツに教えることをまとめておこう」

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