お前が勇者だギルバード〜勘違い腰巾着と没落王子の勇者伝説

変態ドラゴン

勘違い腰巾着と没落王子!

ギルバード様がやりました!

 クラン王国の田舎に分類されるここ、エッテル領に住む私『エミリア』は齢10歳にして人生最大の窮地に立たされていた。


 今朝、王宮を追い出された王子こと『ギルバード・エッテルニヒ』の遊び相手を任命されたのである。


 この男、ギルバードは最低最悪の人間である。


 彼の顔立ちは端正な部類であり、銀髪赤眼という神秘的な出で立ちはまさしく王族としての気品にあふれている。


 だが、それを差し引いてもなお同年代の子供から彼は嫌われていた。彼は平民、つまり貴族と王族以外の人間を見下していたのである。


 齢10歳という若さで王族であることを笠に着たこのマザファッカ野郎は、脅迫・暴行・監禁を平然と実行する下劣。権威の前に大人も子供も平伏すしかなかった。


 本来なら彼の遊び相手は茶髪縮毛の根暗ボーイが務めていたのだが、つい最近流行り病でギルバードと私以外の全ての20歳以下の子供はくたばってしまった。


 そう、この領地にいる子供はギルバードと私だけなのであるッ!

 これから長い人生、この男の玩具として生きていくなんて絶望しかないッ!!


「おい青髪!今日は森に行くぞ!」

「嫌だよッ!入っちゃダメって言われてるから絶対嫌ァッ!!」

「いいのかァ?不敬罪で逮捕させてもいいんぜぇ?」

「グッ、ウググ……」


 ガハハと大口を開けて勝ち誇るギルバード。絶対的身分制度がある以上私はギルバードに逆らえない。


 くそう!神様、連れていくべきはコイツのはずです。コイツが死ぬべきだったんだッ!


「お前は俺の華麗ッ!優美ッ!かつ優雅な剣さばきをちゃんと大人どもに報告するんだぞッ、見逃したらショケイしてやるからな!」


 ブンブンと剣を振り回すギルバードから距離を取る。


 どうしてコイツが生きているんだッ、やっぱり神様なんていないんだ!ガッデム!!


 ファッキンゴッドにミドルフィンガーしていると茂みからゴブリンが姿を現した。


 そいつは手に持った棍棒をベロリと長い舌で舐め、緑色の顔をニヤニヤと歪めている。


「グギャギャギャ」

「ああああああああああああああああああああああッゴブリン嫌ァッ!助けてギルバード様ァッ!!」


 いきなり出現したゴブリンに私は驚き、思わず目をつぶって拳を突き出す。


 体中に飛び散った生暖かい液体の感触に悲鳴をあげながら目を開けるとそこには返り血を浴びたギルバードがいた。


 足元に視線を落とすとそこには頭部のもげたゴブリンの死体が転がっている。


「ギ、ギルバード様しゅごい……」

「えっ?いや俺は何も」


 先ほどのゴブリンの事も忘れてギルバードの手を握る。


「すごいすごいすごいっ!まさか剣の一振りでゴブリンを倒すなんてすごいっ!」

「おい待て俺は」

「王位継承権第43位のクソダサ王子って馬鹿にしてましたごめんなさい!助けてくれてありがとうございますッ!ギルバード様は私の命の恩人ですぅ」

「えぇ、僕馬鹿にされてたの……?」


 返り血を浴びた彼の銀髪は朱に染まり、手に持った剣と相まってまるで御伽噺に登場する勇者のようにカッコイイ。


「おーい、どうした?」


 森の奥から狩人の格好をした青年が慌てた様子で駆け寄ってきた。


 返り血を浴びた私達の姿を見るとギョッとした顔で怪我がないか確認する。彼は怪我がないと分かると安堵した様子で胸をなでおろした。ぐるりと周囲を見渡し、地面に転がったゴブリンの死体に気づく。


 彼はそのゴブリンの死体を指差し、恐る恐る口を開いた。


「これは、一体誰がやったんだい?」


 風に揺られて木の葉の擦れる音だけが響く。


 私はチラリとギルバード様の様子を伺うと、彼は困惑した顔で私とゴブリンを交互に見ていた。


 そういえばギルバード様に『お前は俺の華麗ッ!優美ッ!かつ優雅な剣さばきをちゃんと大人どもに報告するんだぞッ、見逃したらショケイしてやるからな!』って言われてたな。


 見逃したなんてギルバード様にバレたらショケイされちゃう!早く報告しなきゃ!!


「ギルバード様がやりましたァッ!」


 私はギルバード様を指差し、声高らかに告げた。


「何ィッ、ギルバード様が?」


 それは本当か、と詰め寄る狩人に頭をぶんぶんと上下に激しく振る。


「いや違うっ、あの平民が」

「間違いないもんっ、私この目でみたもん!ギルバード様が華麗ッ!優美ッ!かつ優雅な剣さばきでゴブリンの頭をぶっ飛ばしたんだ!」

「剣さばきで頭が吹っ飛ぶワケないだろ!おいお前、お前もなんとか言え!」


 狩人にギルバード様の剣さばきを力説すると、狩人は顎に手を置いて考え込み始めた。


「王族とはいえ10歳の子供がゴブリンを倒すなんて可能なのか」

「いやだから俺じゃなくてあの青髪の女、えっとエミリア!エミリアがやったんだって」


 狩人はギルバード様の言葉が聞こえなかったのかブツブツとなにか呟いている。


「違いますギルバード様ッ!ゴブリンは間違いなくギルバード様が倒したんですッ!」


 何故か自分の手柄をお認めにならないギルバード様。きっとゴブリンを倒して動揺しているんだろう。


 こんな偉大な功績、埋もれさせるわけにはいかない!

 早く町のみんなにも教えてあげなきゃ!


「ギルバード様。たしかギルバード様の『職業ジョブ』は上級の剣聖ですよね?」

「え、あ、うん。じゃなくてそうだが?」


 段々普段の調子を取り戻し始めたギルバード様。やはり動揺していらっしゃったんだろう。


 いつもならムカつく野郎だと思う態度だが、今はそう思わない。日頃の行いもきっと王族としての自覚から醸し出されているのだろう。


 今なら分かる。あの振る舞いは高貴なるものの務めノブレス・オブリージュというものなんだ。


 それに気づかず平民の尺度でギルバード様を見ていた自分が恥ずかしい。


「やはりこのゴブリンの傷跡はギルバード様の剣さばきによってつけられたものに間違いない」


 死体の傷跡を検分していた狩人はそう結論づけた。


「もっとちゃんとよく見ろ、明らかに違うだろ!」


 狩人は腰につけていたベルトからナイフを取り出し、手際よくゴブリンの心臓にあった魔石を抉り出す。


「これでよし、と。さあ、公爵家までお送りします。詳しい話はそこで聞きましょう」


 狩人に背中を押され、私達は森の外にあるエッテルニヒ公爵の屋敷に向かったのであった。

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