第10話 情緒のないエルザ
「金髪、赤い瞳……。ゲッ! その耳!! 」
エルザの尖った耳を指差して、サシャは顔面をひつくかせる。
「伝説の魔女エルザ!! 」
魔女? 獣人でも
闇落ちした
「人聞きが悪い言い方をするもんじゃない。私はただの
再度ゲンコツがサシャの頭に降ってきて、サシャは涙目になりながら頭をさする。
「おバカになるじゃんよ」
「じゃあ、鞭で尻を叩こうか? よく走るかもしれない」
「あたしは馬じゃないよ」
エルザの正体を知ってもこの態度、サシャは大物になるかもしれないと、シンは感心しながら二人のやり取りを見ていた。
「ふん、酔いもさめた。シン、帰るぞ」
シンを後ろに従えて去ろうとしたエルザを、サシャは切羽詰まったような声で引き止めた。
「ちょい! ちょい待ち!! 待って、待ってくださいってば」
「何だ? 私達は獣人の小娘には用はないぞ」
エルザの蔑むような冷たい視線をものともせず、サシャはエルザ達の前に回り込んで通せんぼをするように両手を広げた。
「あの! シンも獣人なの? 」
「それは、私の歩みを止めなければならない程重要なことか? 」
「あたしには重要なの! 」
「それは本人に聞け」
「あたし、あんたに惚れたんだ。だって、人間のくせにあたしを押さえつけられるなんて、滅多にいるもんじゃない。でも、あんたもエルザみたいに変身してるだけで、本当は獣人なら……諦めないとじゃん。ほら、獣人同士には子供ができないから」
「ほう……、子供ができなければ恋愛は不可能なのか? 」
エルザの問いに、サシャは考えもしなかったとばかりに目を見開く。
「だって、でも……、子作りは重要な本能じゃんか」
「子供ができなくても、Sexすることは可能だ。世の中には子供を成し得ない夫婦の形もある」
この綺麗な顔から、Sexとか恥ずかしげもなくでてくると、まるで食事をする、息をする、ということと同義語のように当たり前の行為に思えてしまう。
「ボクは、獣人……でもあり人間でもあります」
「何それ? 」
説明がややこしいが、獣人と人間の混血として生まれ、エルザの血を飲んだことにより、髪の色が変化し、身体能力が獣人並みにアップしたことを告げた。しかし、目の色に変化がなかったせいか、赤い満月の光を浴びても獣化しないから、獣人とも人間とも言えないんだと説明する。
「つまり、シンは獣人? 人間?どっちに区別されんだよ 」
「獣人寄りの人間? 」
「ウッザ! 」
「ひ……酷い」
シンは、ヨロヨロよろけた。
獣人の女性は、みな気が強い……というか歯に衣を着せないというか……。一刀両断過ぎる。
「そりゃ僕だって、好きでこの身体になった訳じゃないですし、できればどちらかに所属したいとは思ってるんです……」
しゃがみこんで、イジイジと地面に語りかけるシンであった。
「試してみればいい」
「はい? 」
「獣人の娘と子供ができればシンははれて人間の仲間入りだし、できなければ獣人ということだ。まあ、獣人がメスの場合、相手が人間だろうが、子供ができる確率はかなり下がるがな。まあ、五十年くらい頑張れば結果はでるだろう」
「あたしはそれでかまわないよ」
「が……頑張ればって、勝手なこと言わないでください! 」
シンは立ち上がり、真っ赤になってエルザに詰め寄った。恥ずかしいのと同時に、微かに胸に痛みを感じ、ついついエルザに向かって大声をだしてしまう。
「何故だ? 自分の所在を知りたいのだろう? ならば好都合ではないか」
「子供を作るには、その……そういう行為をしなければならない訳で、ただ確かめる為にするこっちゃないでしょう! 」
「いいではないか。何が悪い? 」
研究の一環のような淡々とした口調で、エルザには情緒というものが存在していなかった。
「悪い……悪いですよ! すっごく悪いです」
「何だよ、そんなにあたしが嫌だっての? 酷いじゃんか」
「え……いや、君がどうのっていうんじゃなくて……」
一直線の構図ができあがる。
エルザに詰め寄るシン、そのシンに詰め寄るサシャ。先頭のエルザは爆弾発言を投げ込んでおいてシレッと知らん顔だ。
「どうするかは、若人で話し合えばいい。私は帰るぞ」
「ちょっと、ちょっと、エルザ?! 置いてかないでくださーい!! 」
さっさと歩きだすエルザを追おうとしたが、がっちりサシャに腕を掴まれて動くことができない。
漆黒の闇の中、発情期中の獣人の娘サシャと二人残され、シンは身の危険をヒシヒシと感じていた。
「あ……あの」
「シンは男の子と女の子、どっちが欲しい? 」
「えっと、女の子……じゃなくて、僕はあなたと関係をもつつもりはないですから」
「どして? 」
目をクリクリッとさせ、半開きの唇をペロリと舐め、シンにすり寄ってくる。サシャの柔らかく豊かな胸がシンの胸に押し付けられた。
「子作りは本能じゃん。あんたはあたしとヤりたいって思わないの? あたしは、あんたとすっごくヤ・り・た・い」
耳元で囁かれ、シンの身体が身震いする。
そりゃ、本能で言ったらヤりたいに決まっている。一応、医学の本で知識だけはあるし、したことも見たこともないが、何となくどうしたらいいかはわかる気がする。それこそ本能というものなのだろう。
しかし、ヤりたいからヤるというのでは、獣と同じではないか。
「君とはまだ知り合ったばかりだし……」
「時間が必要? 」
「そう! その通りです。でも、残念ながら、僕はあさって旅に出ます。何年かかるか、帰ってくるかも未定です。だから、非常に残念ですが、ご縁がなかったってことで……」
断りの文句を並べている間にも、サシャの手がシンの手を掴み自分の胸元へ持っていく。
予想よりも弾力があり、吸い付くようなしっとりとした手触りに、シンの頭が沸騰しそうになる。
「いや、だから……」
「細かいことはいいじゃん」
「良くないです! 」
サシャの細くしなやかな指が、シンの引き締まった腹に触れ、滑らすように下へ下がっていく。血液が下半身に集中したかのように、カッと身体が熱くなり、無意識のうちにシンの身体は動いていた。
「すみません!!! 」
サシャの首もとに、手刀を繰り出す。
ドサッと音がし、サシャの身体の重みを感じる。呼吸をしているのを確認し、シンはホッと息を吐いた。手加減はしたものの、首の骨が折れたら大問題である。
気絶したサシャを地面に寝かすと、シンは深々と頭を下げた。
「大変申し訳ないのですが、ご縁がなかったということで、これで失礼します」
マントをサシャにかけると、シンはジリジリと後退りし、サシャが起きないのを確認すると、一目散に逃げ出した。
★★★
「何だ、ずいぶん早いな」
息を切らして洞窟に帰ると、優雅な動作でコップにハーブティを注いでいたエルザが、シンの方を振り返るでもなく言った。
「エルザ、置いて行くなんて酷いです! 」
「何がだ? 良い経験ができたと感謝されこそすれ、責められるいわれはないな。……あぁ、なるほど初めてでうまくできなかったのか。でも、私にあたるのはお門違いだ。」
「してませんから!! 」
「してない? 」
エルザが初めてシンの方に視線を向け、その瞳はおまえは馬鹿なのか? と問いかけているようだ。それから何を思ったか、ゆっくりと表情が変わり、嘲りから驚愕、そして憐れみがジワリと浮かんでいく。
「……そうなのか? 」
「あの、勝手に想像して憐憫の情にかられるのは止めてください。聞きたくない気もしますが、何を考えてるんですか?!」
「いや、人の好みはそれぞれだし、さっき私が言ったように、恋愛の結果が子孫を残すことだけではない筈だ。同性に対してしか欲情しないとしても、何も恥じることはない」
つまりは、サシャとそういった行為をしなかったのは、そもそもの趣向が違うせいだと思ったってことらしい。
「違いますから! 僕は女の子が大好きです! 女の子にしか欲情しませんから!! 」
思わず大きな声で叫んでしまい、エルザが呆れた顔でハーブティを一口飲んだ。
「何を興奮している? おまえが女好きだということは理解した。そこまで主張する必要はない」
「あぁ……」
シンは崩れ落ちるようにしゃがみこんでしまう。
「ところで、さっきみたいに放置するのは勘弁してください。誰でも彼でもウェルカムな訳じゃないんです」
「フム……、さっきの女子は好みに合わなかったということか。くだらないことは記憶に残らんな」
エルザはハーブティを飲み終えると、水魔法でコップを洗い、シンに片付けておくように言って自分の寝室へ引っ込んでしまった。
残されたシンは、しばらく立ち上がることができず、大きなため息をついた。
初めて女の子に迫られ、無理やりだったがその身体に触れた。男の身体と違い、全身柔らかくしっとりときめ細かく、特にあの弾力……。遥か昔の記憶、温かく幸せに包まれていた頃の記憶が甦る。
残念ながら、エルザ(の薄っぺらい胸)からは懐古することが不可能な感情だ。
「柔らかかったな……」
手を見つめ、弛んでしまう頬を頭を振って引き締める。
獣人は嗅覚が鋭いせいか、異性のフェロモンにも強く反応してしまい、どちらかというと性欲が強い。
シンは身体的には獣人、思考・思想は
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