第9話 獣人との接触 サシャ登場
何故あんなとこに獣人が?!
明らかに目が合い、お互いの存在を食い入るように見る。
暗闇に光る赤い瞳は、ギラギラと光って見え、まるで獲物を狙っている獣そのもののようだった。
まさか、僅かな血の匂いを嗅ぎ付けてきたのか?
あの獣人の狙いはサラ?
サラの背中にたてられる獣人の爪、血まみれで倒れるサラがまざまざと目に浮かび、シンの怒りに火がつく。
そんなことは絶対にさせない!!
シンは塀に向かって全力で走ると、立て掛けてあった鍬を踏み台にして跳躍した。
触れることなく塀を跳び越えると、その勢いを加速に変換して猛ダッシュする。
もちろん、目指すは獣人だ。
目の色を変えて突進してくるシンを、最初は呆気にとられて見ていた獣人も、凄まじい速さで眼前に迫るシンにようやく我に返り、慌てて木から飛び降りて逃走を開始する。
しかし、エルザに鍛えられた駿足に敵う訳もなく、すぐに追い付き、襟首を掴んで引きずり倒した。
マウントをとったシンは、拳を振り上げて顔面に振り下ろそうとしたが、最大限の自制心を働かせて頬の横をかするように地面を殴りつける。
メリッと音をたてて地面が陥没した。
あり得ない怪力だ。
獣人並み……いやそれ以上の力を見せつけられ、獣人はすぐに降参の意を示す。犬なら尻尾を丸めておなかを出しているだろう。
獣人も無抵抗を示すべく、両手を上げて全身の力を抜いた。
「あんた、人間……? 」
真っ当な疑問だろう。
獣人以上の腕力と俊敏性を持つくせに、その瞳は赤くないのだ。
顔つきは端正だが、美形は獣人だけの特権ではなく、人間にだってある程度は整った顔がいる。
「……」
そうだとも違うとも答えられないシンは、返答に困ってしまう。エルザが唯一の
「……シンです」
シンは一先ず怒りを納めて、獣人を押さえつけていた手から力を抜く。
獣人はゆっくりとした動作でシンのフードを脱がせた。
現れた黒髪に驚愕しつつ、その瞳が艶やかに輝いた。
「驚いた! あたしより……ううん獣人より強い人間なんて初めて見たよ」
「あなたは、何で夜中に村を覗いていたんです? 」
「そりゃ、発情期だからさ」
「発……」
シンも、知識としては動物の交尾のこと、子孫を残す為に行う行為ということは知っていた。
それにしても、あどけない顔立ちで、何てことを言うんだろう。
シンは、改めてこの獣人の少女を観察した。
金色のウェーブした豊かな髪、獣人特有の整った顔立ちだが、大きな瞳は幼さがまだ残っているように思われる。長い睫毛が瞬きするごとに揺れ、艶やかな唇は自然に赤く潤っていた。顔立ちだけ見ると、シンと同じくらいかわずかに下(見た目年齢である)に思われるが、獣人の年齢はわからない。もしかすると百歳は超えているのかもしれないし、見た目通りの十四~五なのかもしれない。
身体つきは、全体的に小柄だが胸はすでに成熟しきっており、エルザには存在しない谷間が見てとれた。
シンは、慌てて獣人の上から飛び退くと、彼女の手をとって立ち上がらせる。
「ごめん、てっきり村を襲いにきたのかと……」
「いいの。襲うっちゃ、間違ってはいないもんね。食うんじゃなく、食われることが目的だけど」
獣人はニンマリと笑うと、下から覗き込むようにシンを見上げた。
「あたし、あんたに決めたわ」
「決めたって何を?! 」
シンをターゲットに決めた途端、発情期特有の煙るような女の色香がサシャから匂いだち、シンは意識せずに赤くなりながら本能的に後退った。
「あんたとツガイになる! 」
「ツガイって……」
「ああ、人間的には夫婦って言うんだっけ? あたし、ワンナイトは無理なの。どうせ子孫を残すなら、ちゃんと一人の人と恋愛して添い遂げたいじゃない。もちろん、あんたが死んだ後だって、あたしはあんただけって約束するわ」
「ちょ……、いきなり重いんですけど。第一、あなたの名前すら知らないのに」
「あら、名前を聞いてくれるのね? あたしと恋愛する気になってくれたんだ」
「そうじゃ……」
「あたしはサシャ。ただのサシャよ」
ただの……とは、名字を持たないということだろうか?
孤児などには、名字を持たない子供がいる。また、名字自体ができたのもこの国が統一されてからだから、そんなに長い歴史がある訳じゃない。
「サシャ、僕は明後日この村を発つんです。都に行くつもりで、だから君とはツガイにはなれないんですよ」
腕を絡ませ、すり寄ってくるサシャにドギマギしながら、なるべく胸の谷間に視線がいかないように顔を背ける。
幼い顔立ちに似合わないダイナマイトボディは、かなり刺激的で破壊力が半端ない。
押し倒されそうな勢いでガンガン迫ってくるサシャに、ついフラフラ~と手がのびそうになり……。一瞬意識が朦朧となり、サシャが凄く魅惑的に見えた。
「何をやっている」
単調とした口調が頭上から降ってきて、初めてシンはサシャに馬乗りになられていることに気がついた。
「ウワッ! いつの間に?! 」
「……チッ、もう少しだったのに」
衣服も乱れており、上半身半裸状態ではないか。
「エルザ! これは……」
オタオタとするシンを横目に、エルザはフンッと鼻を鳴らす。
「チャームか。魅惑の魔法など使わないと、男も落とせんのか。最近の獣人若人はしょうもな! 」
サシャは、親の仇ばりにエルザを睨み付け、ブーッと頬を膨らませる。
「何よ! そんなに年が違わなく見えるけど、いい年のおばさんな訳? 若人って、年寄り臭いんですけどぉ! 」
シンの方が恐怖で硬直してしまう。
あのエルザにこんな口を聞いて、無事にすむ訳がない。
エルザは口元だけ微笑みを浮かべ、ノーアクションでサシャの頭上に鉄槌を振り下ろす。ただのゲンコツなのだが、その動きはシンの目を持ってしてもとらえることは不可能で、ゲンコツをくらったサシャは、足が地面にめり込む程の衝撃を受け、一瞬脳震盪をおこす。普通の人間なら、頭が吹っ飛ぶ程の衝撃の筈だ。
「何歳とは言わないが、私はおまえよりは年上だ。年上は敬い、崇め奉れ」
敬うのはわかるが、崇め奉るのは違うような……。
「義父のゲンコツよりも凄まじいゲンコツは初めて……」
サシャは頭をさすりながら呟いた。喋れるということは、生命の存続には差し障りはなかったようだ。最悪な事態にならないで良かったと胸を撫で下ろしたシンは、エルザの言っていたことに引っ掛かりを覚えた。
「チャームって、魔法ですよね?何で獣人が魔法を使えるんですか? 」
「魔道具だな。おい、そんな高価な物、誰から奪った? 」
つまりは、獣人が買える程安価な物ではないということか?
「人聞きが悪いわね。奪ったんじゃないわ。貰ったの」
「貰った? 」
「そう。これがあれば、人間の男を選り取りみどり種つけ放題って言われてね」
なんか、下品なことを口にしているように思えるんだが? 悪びれずに可愛らしい口を開くサシャと、情緒のかけらも感じられないくらい無表情に聞いているエルザを見ていると、自分の感性がおかしいのか? と錯覚すら覚える。
「なるほど、確かに普通の人間なら抗えない魔法だろうな」
「別にね、数人の男の精子が欲しい訳じゃないのよ。ほら、あたし、まだ……あれだしさ」
「生娘か」
サシャは怖いもの知らずなのか、エルザの腕をバシバシ叩く。
「やあね、口に出さないでよ。恥ずかしい」
種つけ放題とか言うくせに、生娘は恥ずかしいのだろうか?
似たり寄ったりだと思うのだが。
「でね、これをくれた人が、明日の夜なら人目に触れずに忍び込めて、気に入った男とヤり放題だって言うからさ、今日は下見に来たって訳。なのに、誰も家の外に出てこないんだもん」
「明日? 明日、潜り込めと言われたのか? 」
「そうよ。塀の越え方も教えてくれたわ」
エルザは、黙ってうつむいた。
エルザの統計が正しいならば、明日に赤い満月が昇る筈で、赤い満月の夜に、獣人を人間の村に差し向けようとした者がいる……ということだろうか?
サシャは、何か悪いの? とばかりに、大きな目をクリクリさせてエルザとシンを見上げる。
そこへ、再度エルザのゲンコツがサシャの頭に落ちた。今度はかなり手加減したのか、サシャは痛~いッ! と叫んで頭を抱えただけですむ。
「馬鹿者! 獣人の夜間の立ち入りは、国の法律で禁じられている」
そう言うエルザこそ、夜間に勝手に村に侵入し、好き勝手飲みちらかしているのだが……。
「だってぇ、これ夜しか使えないって聞いたからさ」
「時間限定の魔道具なんてあるんですか? 」
「ないこともないが、これはそういった物ではないな。こいつを赤い満月の夜に、人間の集落に放り込もうとした誰かの根無し言だな」
「嘘だったのぉ?! 」
法律で決められているということは罰則もあり、バレたら捕まって悪くしたら死罪、軽くても十年以上の労働を課せられる。赤い満月の夜に村に侵入などしたら、死罪は確定だろう。
それを告げると、サシャは真っ青になった。
「マジで?! クソッ! あのビッ○が!! 」
ビ○チということは、サシャに魔道具を渡したのは女性だったのだろうか?
サシャは魔道具の腕輪を投げ捨てた。あまりに強く投げすぎたのと、ちょうど投げた先に岩があったせいで、腕輪は真っ二つに割れて砕けた。
「ああ……もったいない。売れば一財産になったのに」
本当にもったいないと思っているのか? 淡々とした口調で言ったエルザは、砕けた腕輪を踏みつけてさらに粉々にした。
「一財産? エッ? ウソ? 」
粉々になった欠片を拾い集めようとしたサシャだったが、すでに土くれとかした腕輪は、サシャの指の間からこぼれて落ちる。
「その腕輪を持ってきたのはどんな奴だ? 」
サシャはふて腐れたように地面に胡座をかくと、横目でエルザを見ながらエルザを指差した。
「エッ!? エルザが? 」
「おまえは馬鹿者だ」
驚くシンに、エルザの冷ややかな視線を向ける。
「あんたに似てる」
「エルザに? 」
「見た目とかじゃなくて、匂いとか口調とか……。どこか感情が希薄な感じがするとことか」
「感情が希薄?! エルザが? まさか、君の気のせいだよ。表情にでにくいだけで、けっこう根にもつタイプだし、こだわりとか強い方だし。喜怒哀楽がわかりにくいけど……いや喜哀楽だけかわかりにくいのは」
「シン、お黙り」
エルザが低音を響かせて一喝すると、シンはビクッと首をすくめてピタリと黙った。
こうなると条件反射である。
「私に似た匂いの女? 」
「うん。人間のフリしてたけど、あれは人間じゃないわ。フードを深くかぶっていたから、顔は見てない。ところで、あんた何者? 人間……じゃないよね」
獣人の嗅覚か、見た目には騙されないらしい。サシャは、どうせあんたもただの人間じゃないってあたしは見破っているんだから……と、意味なく得意気な顔をする。
「しょうがないか……」
エルザが風の囁きのような詠唱を唱えると、一陣の風がエルザを取り巻き、風が去った時には金髪赤い瞳のエルザがそこにいた。
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