第4話 「私に良い考えがあります!!」と元聖女は胸を叩いた
「う~ん……ええっと、ここは? 木? 森? 何処だろ……」
転移の衝撃によって失っていた意識が少しずつ覚醒し、目を覚ました怜士は辺りを見回した。すると、そこにあるのは木、木、木。異世界の冒険で嫌というほど見てきた森の様子に酷似していたのだった。
(何処かの山や森の中ってところか。まあ、こんな場所なら、転移の瞬間を目撃した人もいないだろうから、それはそれで良かったのかな?)
ひとまず、騒ぎになる心配が無くなった怜士は胸を撫で下ろした。しかし、次の心配事がすぐに襲い掛かる。
「問題は、何処の山か森か、だな」
召喚魔法は、異世界から目当ての人間を摘み取るイメージで行う。その逆の送還転移魔法は、「とりあえず、元の世界に送り帰す」という、不安定極まりない、低精度の魔法だった。回した地球儀を適当に止めて指さし、その地点へ跳ぶと言えば解り易いだろうか。つまり、地球に戻れても、日本ではなくアフリカだった、南極だったということも充分に有り得るのだ。
悩んだ怜士は、魔法使いたちと協力し、何とか確実に日本にまでは送られるように魔法の精度を高めた。しかし、そこまでが限界だったので、出たとこ勝負で、自力で自宅に帰る予定だった。
(持ってるスマホは当然、二年の経過でバッテリー切れ。手掛かり無しは本当に辛い……)
顎に手を添え、どうしたものかと考え込んでいる怜士に更なる心配事が降りかかる。
「う、う~うん」
「あ、シルヴィア……」
背後から聞こえた声に反応して振り返ると、地面にへたり込んでいるシルヴィアの朦朧とした意識が覚醒し始めている。その目を疑いたくなった怜士だが、記憶が蘇って来た。
魔法で転送されるその瞬間、怜士のいる魔方陣にシルヴィアが飛び込み、自分に抱き着いたのだ。そのシルヴィアが目の前にいるということは、「彼女を巻き込んで日本に転移した」ということに他ならない。
「ううん……レイ、ジ様?」
完全に目を覚ましたシルヴィアは、目の前にいる怜士と目が合った。
「あ、おはようございます」
「うん、おはよう。でも今は夕方っぽいけどね」
暢気に挨拶をするシルヴィアにつられて、怜士も挨拶を返した。
(いや、違うでしょ! 嘘だろ!? シルヴィア、マジでくっついて来たの!?)
「こ、ここは、レイジ様の世界でしょうか!? この生い茂る木々、緑が豊かなんですね!!」
(いや、向こうでも木々は充分に生い茂っていたよ!?)
嬉々としてズレたことを叫ぶシルヴィアに、怜士は呆れていた。
「シルヴィア」
「何でしょう? レイジ様」
「色々と聞きたいことがあるんだけど、まず、どうしてあんな無茶したの?」
あんな無茶とは勿論、怜士の転移に強引にくっついて来たことだ。シルヴィアもそれを理解しているため、返答はすぐになされた。
「そ、それは、レイジ様と離れ離れになるのが、その、嫌で……」
「なっ!? グ、グランリオンはどうするんだ。これから平和に向けて邁進していくはずなのに、王女が、聖女がいなくなれば只事じゃないよ?」
シルヴィアは王女だ。国から王女がいなくなる。ましてや、異世界へ転移したとなれば、一大事だ。まだ王位を継承していないとは言え、看過できる問題ではない。
責め立てられているシルヴィアだが、彼女は食い下がる。
「ま、魔王を倒したのですから、聖女の役目は完遂しています! それに、父上やシャルもいます。国のことは問題ありません!」
「うわぁ、王女が責務も何もかも丸投げだ!?」
確かに、聖女は魔王討伐の切り札の一つだ。魔王を葬った以上、その役目は終えている。また、グランリオン王も健在であるし、シルヴィアには妹のシャルロットがいる。極端だが、国政や世継ぎの問題はどうにかなるとも思える。
あまりの無責任な姫君の物言いに、怜士は頭を抱えた。
(いやいやいや! どうにかならんでしょ!? 聖女のシルヴィアはグランリオン王国どころか、世界の象徴だよ!? 勝手に異世界に来ちゃダメじゃん!!)
怜士は焦っていた。かつて異世界に召喚された時とは比べ物にならないほどに焦っていた。
(でも、シルヴィアはそうまでして……)
シルヴィアの無茶を通り越した行動の原因に怜士は一つの心当たりがあった。それは間違いなく、そして大いに自分に関係があるということを。
「あ、あのですね、シルヴィアさん? やっぱり、一王女が勝手に異世界に跳ぶことは、どんな理由があろうと大問題だと思うのですが……」
「むっ!? どうして、“さん付け”に戻っているのですか!? 私にとっては、レイジ様と会えなくなることの方が国の平和よりも大きな問題ですっ!」
「天秤が狂ってる!?」
ほんの少しの「もしかして」という可能性に賭けてシルヴィアを諭そうとした怜士だが、どうやらそれは無駄だったようだ。怜士は経験で理解している。シルヴィアは、一度決めたことは何があっても曲げない頑固者だ。こうなった以上、シルヴィアは折れないのだ。
城にいる時は表面化しなかったが、魔王討伐の旅に出てからは、シルヴィアの頑固な面が強調されるようになっていった。旅のパーティーメンバーは、怜士とシルヴィア、道中で仲間にした腕利きの冒険者たちで構成されていた。つまり、グランリオン王国の関係者はいなかったのだ。そのため、シルヴィアは何からも抑圧されることなく、自分らしさを少しずつ外へ出すことができたのだ。尤も、そのきっかけは怜士の存在であったのだが、それは当の本人の知る限りではない。
(やっぱり、そうみたいだな……)
シルヴィアの反応を見る限り、彼女が怜士に対して抱いている感情というものは、文字通り、世界を超越してしまうほどの深さと広さがあったようだ。怜士は「自分が向こうに残っていれば」という“もしも”の想像をしたが、既に遅い。今頃、向こうは想像できないほどのパニックが起きているはずだ。王女であり聖女であるシルヴィアがいなくなったのだ。国を揺るがす大事件だ。
(クソッ! 俺が、俺がもう少しシルヴィアのことを――)
怜士が大きな後悔と責任の渦に呑まれ、自己嫌悪で潰されそうになったその時、シルヴィアが彼の顔を見つめ、無言で袖を握った。
(何をやってんだよ、俺は。本当に! シルヴィアにこんな顔をさせて)
怜士はフウと一息つくと、それまでの感情を一度全て振り切り、真っ直ぐシルヴィアの瞳を見つめた。
「シルヴィア、とりあえず今は、この場をどうするかを考えよう。それに、その先のことも俺、ちゃんと考えるから」
「――はい!」
怜士の表情を見て、シルヴィアは、彼が何を言いたいのか察したようだった。それは彼女にとって、最も欲していた、最も望んでいたことだった。
「まあ、ここが何処だか分からないから、とりあえず周囲を散策しよう。知ってると思うけど、ここはあくまで俺のいた“国”なんだ。生まれ育った町じゃない可能性が高い。少しでも現在地を知る手掛かりが欲しい」
「分かりました、レイジ様」
「でもな……」
怜士はシルヴィアの足元を見た。当の本人は、何故、足元を注視される理由が分からない様子だ。
「シルヴィアは着の身着のままついて来ちゃったから、ヒールだもんな。流石にこんな大自然の中は歩きづらいか……」
シルヴィアは衝動に駆られて地球帰還について来た。つまり、怜士とは違い、下準備が無いため、王女としての正装であるドレス姿のままだ。靴はヒールを履いているため、屋外での行動は制限される。
「それでしたら、私に良い考えがあります!!」
「考え?」
シルヴィアは満面の笑みで胸を叩いたが、これまでの経験で怜士は理解している。自分にとっては良いとは言えないことが起こることを。
「……ねえ、シルヴィア。やっぱりさ、俺が一人で辺りを探って来るから、その辺りで待機しててよ」
「ダメです! ダメなのです!! 見知らぬ世界で私が一人でいることは危険です! レイジ様と一緒にいるべきなのです!!」
怜士の提案は、シルヴィアに却下された。
現在、怜士はシルヴィアを抱きかかえている状態だ。左腕を彼女の肩に回して上半身を、右腕は両膝の裏に回して下半身を支えている。俗に言う、“お姫様抱っこ”という奴だ。
怜士は、彼女をおぶることを考えたが、シルヴィアはそれを頑なに拒否した。
「私は一国の姫です。お姫様抱っここそ、正当かつ正統な抱きかかえ方なのです!!」
怜士は滅茶苦茶な論理だと考えたが、言い争って時間を無駄にしては意味がないので、渋々、お姫様抱っこを承諾したのだ。
シルヴィアを抱きかかえて森の中を彷徨うこと数十分。怜士は、ある違和感を覚えた。
(あれ? おかしいな。俺、全然疲れてない。普通に女の子一人を抱えてこんな森の中をずっと歩いてる。通学鞄だって背負ってるんだ。もう地球に、日本に戻ったんだ。俺の力だって……)
自分の身体が一切の疲労を見せないことを感じ、疑問を抱いた。
異世界で大活躍が可能だったのは、勇者召喚による特典のようなものだ。そのおかげで異常なほどの身体能力や魔力を得ていたのだ。
勇者の役目を終えて帰還した今、その力はこの世界では無効になっているはずだった。
(二年の冒険の日々で、意外と体力と筋力がついたのか? でもな、まさか……)
「レイジ様、アレは……」
怜士が考え込んでいると、シルヴィアが何か見つけたようだ。
シルヴィアの視線の先を怜士も見た。そこには、「檜山ひやま緑地公園 ~未来に残そう! 僕たちの森~」と書かれた木製の看板が設置されていた。恐らく、地元の自治体が設置したのだろう。付近を見ると、ある程度整備された山道もある。
「ああ! ああ、日本語だ! 俺の国の文字だよ、ちゃんと帰って来れたんだ!!」
怜士は心から安堵した。
このような看板があるということは、帰還した先が、未踏の山奥などではないことが判明したからだ。
「それに、ラッキーだ! 檜山緑地公園は、小さい頃に校外学習で来てる! 簡単に家に帰れるぞ!!」
「キャッ! レイジ様、大胆ですぅ……!!」
幸運にも既知の場所に転移できていたことに、頬を緩ませ、子どものように無邪気に笑う怜士。思わず、シルヴィアを抱きしめる力が強くなった。
怜士の笑う顔を見ると、シルヴィアの心も晴れやかになる。
(ごめんなさい、レイジ様。私たちの都合であなたの世界を奪って。ごめんなさい、レイジ様。私の身勝手であなたを心を苦しめてしまって。私、聖女に相応しくない、悪い女かもしれないです)
勝手に怜士を異世界に呼び出したこと。それは、怜士の人生を奪うことだった。そして、帰還に勝手について来たこと。それは、怜士を困らせ、縛り付けることだったかもしれない。しかし、シルヴィアにはどうしても譲れない強い想いがあったのだ。
(でも、嬉しいです、レイジ様。あなたを元の世界に戻すことができて、ともにあなたの世界を見ることができて)
悔恨と恐悦。この相反する二つの感情が、怜士の腕に抱かれるシルヴィアの心を埋め尽くしていた。
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