宙ぶらりん
それから。
なんなの、なんなの。ムカムカする。
今日は朝から不穏なムード。
それというのも、いつものバス停で、私、待っていたのに、拓人はこなくて。
連絡入れたのにつかまらなくて。
しかたなく学校のクラス前まできたら、なんと、拓人はほかの女子とくっちゃべっていた。
それが、いつもの大人数じゃないの。
私、その女子には見覚えがあった――美智子ちゃん。
私の親友、の、はずだった。
しかも二人はシリアスな顔してて、声もかけられずにいた私を、ちらっと
あっけ――そんな言葉がふさわしい。
私、あっけにとられてしまったのだ。だって二人が……私の彼氏と親友がそろって私のことを無視してきた。
しかも、二人は親密そうに……ということは、あの二人は私の知らないところで、付き合って――まさかね。ただ単に廊下で立ち話してるだけだろう。
聞いてみればわかるじゃない。なに深刻ぶってんの。そんな安いシナリオみたいなこと、あるわけない。
「拓人――おはよう。美智子ちゃん、おはよう」
え? 二人、なぜか悲しそうな目で、行ってしまった。
なにが、どうなっているのか、わからない。
どういうこと――。
「おはよう、セーコ。美智子、おはよう」
にゃっこが登校してきた。ほっとする。
「にゃっこ、おはよう」
「そだ、セーコ、あんた……プププッ。ちょっと美智子きいてー。昨日さぁー」
?
なぜかにゃっこが私のほうを見て笑う。そして私から顔をそらしている美智子ちゃんのほうへ話しかけた。
「その話なら、知ってる」
ポソポソしゃべる美智子ちゃんに、私、自分から近づいていった。
「え? なんの話、なんのハナシ――」
美智子ちゃんはうつむいて、何も言わない。
にゃっこのほうを見ると、私の両肩に手を置いて、バシバシたたいた。
「もー、笑っちゃったよ。セーコ、あんた、タピオカ吹いたんだって――?」
「えっ」
どうしてそれを、にゃっこが。そんなこと、知ってるわけ――。
私、混乱する。
チッチッチッチッチッ……カチッ。
拓人だ。拓人が言いふらしたんだ。だって私、タピオカなんてめったやたらと吹かないし、昨日のあれが生まれて初めてだったし。
あの場ににゃっこはいなかったはず。
あの後、拓人は私をしまいまで追ってこなかった。ということは――あの後、どこかで(スマホとかで)拓人はにゃっこと接触し、しゃべったんだ。
「拓人ね。そんなこと言ったの。そうでしょうっ」
瞬間、うつむいていた美智子ちゃんが、はっと顔をあげ、白い顔をして後ろを向いた。
もおういい。もう、わかった。美智子ちゃんのこの反応、どういうことで、どういうわけなのか、私にはわかってしまったのだ。
なんとなれば、美智子ちゃん――笑っているんだ。声を殺して、吹き出すのを我慢してるんだ。拓人からタピオカのこと聞いて、それで……。
「拓人の馬鹿っ」
にゃっこだけじゃなく、美智子ちゃんにもしゃべったなあっ。
もう、口きいてやんないっ。
と、思ったけど――。
無視されてるの、私のほう、なのだった……。
休み時間も、移動教室も一緒じゃなかったし、もう私、どこへ怒りの矛先をもっていけばいいのかわからず、おなかの中がどろどろしていた。
なんなのよ、もう~~。
落ち着け、私。
あれは、拓人が悪い。拓人がいけなかったのだから、私は悪くない。
なのにこの理不尽な状況――許しがたい。
許しがたいけれど、なんとなれば、私。
もう、こうなったら、自分の方から折れてみようかと、思ってる。
だって、お昼ごはんまで一人なのはヤだったんだもん。
親友たちは、私のほう見ては、笑ってるし。
私、彼女たちの前へ行って、机をドンとたたき――。
「親友、だよね。私たち――」
すると彼女たち、いっせいに笑い出し――。
「かわいい。セーコ。いじけてても、かあいいっ」
「同じく。もお、機嫌直したら。タッくん、しょげてたよ。セーコちゃんが怒ってる、って」
「へっ」
しょげてた……って、拓人が? なんで。そりゃ私、怒ってるけど。
よりにもよって、タピオカ吹いちゃったことを言いふらされて、シカトされて。
でも……だから、私が責められるいわれなんてないはずだ。抗議する。
「しょげてたって、拓人が?」
うんうん、とうなずいてよこす、親友たち。
むう。不可解。
「ほら、そんな顔するからー」
「ねぇ……」
どういうことよ。
「どういうことっ」
「セーコはすぐ顔に出すから……タッくん、まいってたよ」
「はぁ? 私ほど複雑な神経の持ち主、そうそういないって」
「そう思ってるのは、自分だけなんじゃないの」
「にゃっこぉ~~」
んもう、バカバカバカっ。
ふんだ、いじけてやるっ。ふんふんっだ、ふんっ。
なんで私が、いけないことしたみたいに、言われてるのよぉー。
「まあまあ、もう許してあげなさいよ。タッくんだって悪気じゃなかったんだし?」
悪気じゃなくたって、言いふらされたらたまんないよ、こっちは。
「だから、なんで私が許すの許さないのって話に――」
考えてみれば、許すも許さないもないのだ。
朝から周囲が妙なムードで、私が居心地悪くしていじけてるのだって、別に何でもないことを――さも、何かあったように、拓人に言いふらされたからで、だから変なことになっているのだ――それなのに――にゃっこは続けた。
「タピオカ食べてるときに、カエルの卵の話したっていうのは、さすがにデリカシーがないって、私も思うけど、そこまで怒ることないと思うのよね。私、拓人に相談されて、笑っちゃった――ごめん、セーコ。思い出すとまた――」
そう言って、にゃっこはおなかを抱えた。
「それで私を避けてたのか……」
にゃっこたちは大笑い。
美智子ちゃんまで――手で抑えてるけど、口の端がひきつってるの、見えてるからね。
ええい、うるさい。
私だって、怒ってるけど、怒ってないのに……。
「人には場にふさわしいふるまい方ってものがあるでしょう。それなのに、どうして親友の彼氏のほうにばっかり肩入れして、私を馬鹿にして、一人にするの」
ぼろっ。左目から、大粒の涙がこぼれてきた。
悲しかったから。
自分で言ってて、つらくなっちゃったから。
ほんとにもう、なんでなのよぅ……。
「ごめん、セーコ、ごめんて」
「セーコちゃん、泣かないで。かわいそう。タピオカ好きだったのにね……」
んっ? また何か、誤解されてる。キミちゃん、それは何か、ちょっと違う。
そんな理由で、泣いてるわけでは――ないというのに。
けど私、だけど私、もう涙が、とまんなくなっちゃって。なんにも言えなくなっちゃってた――。
ええい。悪霊退散っ。滅べ、なんとなれば、タピオカめ――。
「でもさ、あそこで泣くのってズルいよね――セーコちゃん」
「ほんと、お姫様気取りでさぁ。タッくんが嫌な思いしてるのに、気づけってーの」
「べつに、泣くことはないと……思う」
「美智子ちゃん、仲間っ」
「泣きゃあすむと思ってるのって、かわい子ぶってるよね――ほんと疲れる」
「タッくんがいなけりゃ、セーコちゃんとツルむ理由なくない? なのに、本人がわかってない」
ひとり、屋上への階段途中、空になったお弁当箱を抱えて、教室へ戻ろうとして、親友たちが文句を言っているのを聴いてしまった。
絶句して、降りかけていた階段を急いで登った。
廊下が静まり返るまで、壁によりかかってじっとしていた。
――涙は、もう、出なかった。
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