タピオカ
……つかずはなれずなのだ。私と拓人は、今のところ。
こうして一緒に校門を出て、歩いていても、私、彼の横顔見るたびに思っちゃう。
どこがよくて。
拓人もよ。なんだって私のことOKしたのか。
それからどうして女装癖になったのか、すっごく疑問。
そのとき拓人が言った。
「あ、セーコ。駅地下でできた売店で、タピオカジュース、飲んでいかない」
かなしいかな。そのお誘いは拒否できない。
私たちは、空調のきいた駅ビルの地下へ入った。
「ふー。すーしーい」
「あ、あったよ。タピオカ。なんの飲み物にする」
拓人がメニューを示した。
「んー、もちもちしてるっ。ブームが下火なんて、うそでしょー。いくらでも食べられる。タピオカごはんでもいける、あたし」
「それはちょっと……」
それに、よく見ると、黒タピオカって、何かの卵みたい。今にも孵化しそうなやつ。
「あたしさー、ちっちゃいころー。カエルの卵、おなべに入れてほっぽっといたことあるんだけどー……いつの間にかなくなっちゃってて。悲しくて夕飯のお味噌汁、かきまぜて探しちゃったー。後で卵は見つかったんだけどー。思い出すなー」
拓人がそんなことを言い始めるので、私は思わず、口の中のタピオカを吹き出してしまった。
「だいじょぶ、セーコ……」
言いながら拓人が、浜辺に打ち寄せる波頭のごとき白さのハンカチを出してくれる。
けど、私。けど私。
「げほっ。どうしてそういう話を、今、するわけっ」
私、むせこんで、抗議した。
「えーっ。べつに。けどなんかタピオカって、なにかの卵みたいって思って……いけなかったかな」
そりゃあ、私も思ったけどさあっ。
「仮に思ったとしたって、話題ってものを選んでよ」
「ごめん……」
「もう、飲む気なくしたから、あげる」
イスから立ち上がると、両手にタピオカミルクティーを持った拓人が追いかけてきた。
「もー、セーコ。ごめんてばー、ねっ。機嫌直してっ」
そういえば、私、今日は機嫌悪かったんだった。
それを思うと、変で、ちょっとおかしい。
このまま逃げるみたいに、ホームまでなだれこもうか。いや、それもおかしいな。
なんにせよ、この時点で私、怒ってはいなかった――いや、もともと怒るようなことじゃなかった。
なんたって私も、タピオカを見て、なんかの卵っていう連想をしてたわけだし。うん、怒るようなこと、全然ない。
だけど一度は口に入れたものを――それも彼氏の前で――吹き出しちゃったっていうのは、あんまりといえばあんまりで。とっても恥ずかしいことで。いたたまれなかった。
なんとなれば、私、全力で照れ隠しを、してたんである。
彼氏の前で、口から食べ物、吹き出しちゃった恥ずかしさと、きまりの悪さで、もう、全力。
立ち止まれないの、わかってくれるかな。
うー。ひとえに頭の中、この一言につきる。
うー。ってうなって、私、全力で照れ隠しを、してたんである。
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