愛人契約

「ね、ねぇ……」



 放課後、私は美智子ちゃんのことをいろいろ聞きたくて、にゃっこをつかまえた。



「愛人契約って――なに」


「……私が言ってたって、言わないでよ」



 しかたなさそうに、にゃっこは教えてくれた。



「美智子、年上専門――ていうか、ほとんどの教員と寝てるらしいよ。こないだまで、社会科の進藤で、今は副校長。呼び出されるとこ見たって、噂になってる」


「だから――だから、派手な下着つけてるわけっ」


「それは――セーコが地味なだけじゃないの」


「ええ? だって、中学生はグンセか白一択だって、お母さんが……」


「古すぎる。第一、彼氏に見せられないでしょ」


「そっ、そうなのぉっ」



 思わず、素っ頓狂な声を出してしまった私に、背後から声がかかる。


 キミちゃんだ。



「キミちゃん、あのね……」



 ごしょごしょ。耳打ちしてる。なによっ。



「えっ。見せるの。いいよ。じゃ、場所移そうか」



 にゃっことキミちゃんは、私の手を両脇からつかんで、保健室に引っ張っていった。


 私、なんていうか、あの。


 こんなことになるなんて、思ってなくて。



 二人が保健室に鍵かけて、せーのっって、スカートをまくり上げたとき。


 二人のふとももに絡みつくようにまとわれた、ひもだったりレースだったりが、とても信じられなくて。


 そして、その。



 ベッドのほうから、シャッとカーテンのまくれる音がして、そっちのほうから誰かくるっていうの、まったく想定外で。


 で、あの。キョドッってしまったのは、その、それだけじゃなくて。



「あれぇー。何してるの」



 ハスキーボイスにドキッとして見ると、私の彼氏がスカートをまくり上げてるところ――ななんと、白と赤のドットプリントの――目撃してしまったぁぁっ。



「下着の話かぁ。あたしは今年はドットプリントのトランクスよ。えへっ」



 なんでっ。


 キミちゃんが赤面して出ていき――鍵がかかっていたので、いきおいよく開け放ち、飛び出していった――にゃっこが拓人にツッコんだ。



「なんで出てくるのよー」


「おもしろそうだったからー」


「タッくん、下着は男物だもんねー」


「そぉーなのよー。お恥ずかしい」


「あんたたち、どういったご関係?」


「元カレです」


「元カノです」



 そうだった――……。



「二人は、その、経験者なの」


「ま、まあね」


「そうなの。だから、あたしはいろいろ、オッケーよ」



 そうか……そっか――なんか、ショック……だなぁ。



「セーコはタッくんがお初なんだから、ちゃんとしてあげてよ」



 そそっ……。



「そんなことは……」



 あるけど。言わないでほしい。そういうこと。



「ええっ、そーなのぉ~~」



 ぶんぶん。拓人、両こぶしを頬にあて、首をふりふり。


 シラケた雰囲気の中、平気でぶりっ子する。


 空気読まないなー。本当。私、彼のどこがよくてつきあってるんだろー。



「うっさいわねー。ちょっと出ててよ、タッくんは」



 にゃっこが元カレを遠ざけて、コソッとささやいた。



「あれ、嘘だから、気にしないで」



 えっ。嘘って、何が。どこがどう、嘘なの。私、わけがわからない。



「どこから、どこまでが嘘」


「タッくんと私がそういう関係だったってとこ」


「だって、つきあってたんでしょ」



 廊下で――人がくるかもしれないのに――拓人が大声でわめいてる。



「もーいいかーいっ」


「女子トーク中です」


「あたしもまぜてっ」


「ドットプリントのトランクスが何をいうか」


「えーっ、どうしてよぉおー」



 やんやん、仲間に入れてよぉーって、駄々をこねている。


 うーん、やっぱ空気読まないなー。



「ああいう子だから、そういう雰囲気にならなくて」


「わかる」


「あれじゃ、ギャグにしかならない」


「わかる……」



 私は笑ってしまって、にゃっこに真相を――なぜ嘘なんかついたのかっていう、根本のところを――問いただすことができなかった。


 なにはともあれ、拓人と一緒に、帰りたかったし。


 それでいいと、思ってしまったのだ。そのときは。

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