第21話 ダブレスレッド 結

 疲れからか俺はいつの間にか眠っていたようだ。


ーーキキイィ


 うるせえなぁ。何処からか、ずっと聞こえている耳障りな音で目が開いた。


 蛍光灯がついたままの部屋で、なかなか油っぽい匂いに鼻が慣れないまま、俺は目だけを動かし、音の出所を探す。


 身体は痛くて動かしたくない。広くない視界をフル活用していく。廊下に続くフスマからでは無い、押し入れからでもない。となると、後一箇所か。


 俺は窓の方へと眼玉を動かし、ピタリと動きを止めた。磨りガラスの向こうに何かが蠢いている。


ーーいる。何かいる。


 目を離したいが、動けない。俺はただただ、それを見つめていた。


 それは輪郭がぼんやりしているが、形があるようにウニウニと動いている。


 本能的にヤバいものと判断したが、それから眼を離すことができず、俺にはただ見つめ続けた。


 その時だ。


「ホラー!イワンコッチャナイ!」


 スパーーンと勢いよくフスマが開き、現れたワンは、有無も言わさず俺に近づいてくると、左手をグイと持ち上げる。


「アホカー、シヌゾー」


 ブレスレットを外したワンは、それを右手に握り込む。カッと見開かれたワンの目が窓の外を向いた。


ーーああぁぁーー!


 悲鳴のような叫び声が、窓の外から聞こえる。同時に、何かが砕けるように消えてゆく。


 2〜3秒の出来事のはずだが、とても長く感じた瞬間だった。


 何かが終わった。それだけは俺にも理解出来た。


「モー、アナタ アホナノカ」

「アホって・・・」

「オニーサンニ、オレイ、イウヨ」


 ワンがグイと上げた顎の方向へ、俺は何故かありがとうと言った。言わなきゃいけない気がしたが、誰に対して言ったのかは、俺も分からない。


「サテ、ネルヨー」


 欠伸をしながらワンは部屋を出て行った。


 俺は興奮で眠れない夜を過ごしたと言いたい所だが、予想を裏切るほどグッスリ眠っていた。


「アサヨー、オキルヨー、カイシャイクヨー」


 すっきりした気分で朝を迎えた俺は、言われるがまま出勤すると、編集室には美琴がいた。


「おっはよう。いい体験できたみたいね」

「お、おはよう」


 何から話していいか分からず、挨拶さえどもってしまう。恐らく、何でもお見通しなのだろう。


 何も言えない俺を美琴はジーッと見つめ、やがて口を開いた。

 

「泥水みたいだね」

「な、何が?」

「霊感っていうのが」


 ひぃいっ!泥水?!俺の心は泥水なのか?


「濁りまくってて見えないっていうのか」

「それもあるけど」


 そんなに腐ったような心なのか。俺のガラスのハートは。なんだろう、すごく落胆する。


「人間らしいと言えばそこまでだけど」


 俺の気持ちも知らず、美琴はニコッと爽やかな笑みを浮かべた。


「鎮まれば、すごく綺麗だし、濁ったままだと、日光を反射して綺麗でしょ」


 フォローしてくれているのか分からないが、美琴はそう言うと、またねと編集室を出て行った。



 

 

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