第19話 ダブレスレット③

「ただの打ち身でした」


 病院に駆けつけてくれた編集長に頭を下げる。


「そのくらいで良かった。やっぱり本物たな」


 そう思う反面、俺はまだ信じてはいなかった。だって、たまたまって事もあるだろう?


 あの時、俺はブレスレットの可能性について感がていた。周りが見えていないほど集中していたのだ。


 そんな状況だから、車が来てバーンと当たってポーンと飛ばされた。うん、そんな感じだ。


「美琴さんから貰った数珠はどうした?」

「会社のデスクの中です」

「後で鐘江に持って行かせるから、今日は家で休め」


 編集長は、この件でブレスレットの「曰く」を、すっかり信じ込んでいるようだった。休みになったのはラッキーだが、体は痛い。


 帰宅した俺は鏡の前で身体の確認をする。腕は打ち身の湿布を貼って貰っていたが、どうにも太腿辺りから下も痛い。


「ああ、ここがバンパーか」


 太腿には、さっきまで無かったラインが2本、並行に入っている。


 車は左折するため、スピードも遅かった。華麗に飛んだと思ったのは俺だけで、実際は当たって倒れただけだったらしい。


 痛む身体をベッドに埋めると、疲れていたのか、俺はそのまま眠りついた。


 どれくらい経っただろうか。俺は夢の中にいた。ああ、これは夢だ、どうせ夢ならモルディブで水着の美女と戯れるとか、もう少し楽しいシチュエーションがいいのに、と夢の中で感じていた。


 そこは、俺が寝ているベッドの上。景色もリアルと変わりはない。昔の彼女にセンスが無いと言われた閉じたままのモスグリーンのカーテンが揺れている。


 自然色なモスグリーンの何が悪い。そう思った時、揺れているカーテンの隙間から何かが見えた。


ーー目だ。


 紛れもなく人間の左目だった。大きく見開かれた瞳は、まっすぐに俺を見つめている。


 普通なら怖いと感じるのかもしれないが、俺は恐怖より、不思議に思った。カーテン後ろは窓のはず。カーテンと窓の間には立つスペースもない。つまり、窓の外から顔だけを部屋に入れ、それは俺を見ている。


 というか、どんな姿勢で見ているんだ?

 

 部屋は2階。ベランダは無いが梯子をかければ、部屋を覗く事はできる。という事は、体は梯子側で顔だけを部屋に突っ込んでいる訳だ。


 気になった俺はベッドから起き上がり、カーテンの方へと向かう。


 覗く目が、俺の動きに合わせてギョロリと黒目を移動させた瞬間、後ろから誰かが俺の腕を引っ張った。


「だから、ダメなんですよ!もう!!」


 振り返った時、俺は目を覚ました。あの声、どっかで聞いた事あるんだけど思い出せない。


ーーピピピピ


 タイミングを見計らったように、スマホが着信音を鳴らしたので、俺は電話に出た。


「はい。伊藤です」

「鐘江です。なんか、数珠持っていこうとしたら、お腹痛くて、無理す」


 ああ、そうだった。編集長がそんな事言ってたっけ。


「無理しなくて大丈夫です」

「でも、美琴さんが、早いがいいって。多分、連れてかれるってブフッ」


 何が面白いんだ鐘江君。今のは笑い所じゃないと思うが。


「美琴さんが、家から、出るべし、て」

「家を出る?何で」

「ブフッ、俺は、理解不能。伊藤さん、やっぱり、ヤバイ?俺は、面白いけど」


 出来たら、ちゃんと会話をして欲しい。全然意味が分からない。電話を切り、俺は深く息を吐いた。


 多分、なんか起こってるんだろう。原因はブレスレットで、家を出ないといけない理由があるのだろう。


 それは分かった。だが、俺は身体が痛い。下手に身体を休ませたせいか、歩くのも億劫なくらい痛い。もしかして、生理痛って、こんな感じなのだろうか、全世界の女性に尊敬の念を込めながら、俺はベッドで寝返りを打つ。やっぱり痛い。


「どうしたもんかなぁ」


 俺はスマホを握ったまま、ボーッとカーテンを眺めていた。

 


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