4章
第17話 ダブレスレット①
勝たなければならない勝負がある。
勝利の女神を呼び込むためには、強気に勝ちにいく姿勢が大事だ。千分の一でも負けるかもと思った時点で負けてしまう。
「いいか?」
編集長は涼しい顔をしている。インテリだが、ノーマルタイプだ。
相変わらず曇ったままの眼鏡を鐘江は人差し指で整える。アイツは不細工だが策士だ、編集長と俺の考えを読んでいるはずだ。
「いくぞ」
だったら、鐘江の裏をかけば良い。
「じゃんけんぽん」
俺は勢いよくチョキを出した。
「あああぁぁ!」
編集長と鐘江はグー。
「じゃ、この案件は伊藤で決まりだ。しっかり体験レポしてくれよ」
遡る事30分前。編集部にいた鐘江が、編集長と俺に、ある相談を持ちかけてきた。
「あの、これ、しませんか?」
指紋だらけのタブレットに映し出されているのは、フリマサイトの商品だ。
「うん?ブレスレットか」
そこには女性用の金色のブレスレットがあるのは普通なのだが、価格も紹介文がおかしい。
おかしいというか、これで売れると思っているのか。売る気ないだろう。鐘江のようなマニアを除いては、だが。
『18K、粒ダイヤがついててフォーマルにも普段使いにも出来ます。
※身に付けると必ず不幸になります。
責任は負いませんので、
自己判断でお願いします。
価格:8000円からスタート 』
俺は落札と事情を知るため、コンタクトを取る事にした。
デスクに向かい仕事をしていると、訪問客が編集室のドアを開けた。
「こんにちはー、原稿持ってきましたー」
原稿?って美琴も記事を書いてるのか?驚きで、口に入ったコーヒーをデスクにぶちまける。
「ちょっとー、ライターさん、私が来たからって喜びすぎー」
「喜んでないですけど、原稿って?」
「ああ、お悩み相談をお願いしててね」
平然と答える編集長に、美琴は笑顔で原稿を渡す。ええー、もうコーナー持ってるの?マジかよ、俺より新参者の癖に。
「それより、ライターさん。気をつけた方がいいよ」
帰り際に、美琴はわざわざ俺の隣に座り、左手につけていた数珠を外すと差し出した。
「少しは視えるようになるかも」
「何が?」
キョトンとした俺に、美琴はちょっと眉尻を下げ、困ったような表情になる。
「ほら、なんてゆーか、ライターさんは、視えた方がいいものが、視えないじゃないですかー」
「え?」
幽霊の事だよね。見たよ。廃病院で黒髪がザザーっと動いたの。美琴は記事を読んでないのか。
「人間って何でも見たいと思う物を都合よく見えたと思えるようにできてるのね。でも、今回は視えないと、ちょっとまずいかなーと思って」
こいつ、記事を読んだ上で話してる。何気に俺が体験した事を、うっすーいオブラートに包んだ後に、全力でハンマーで叩き潰してる。俺の霊体験は気のせいだったのか。
「そ、そうですか」
ほかに返す言葉が見つからなかった。
「とにかく、ちょっと力になれると思うから、受け取ってくれません?」
小首を傾げながら美琴は数珠を俺の手に握らせる。可愛く視える術もそなえているようだ。
「ありがとうございます」
受け取る俺の頭に、一つの仮説が過ぎる。
美琴が数珠をくれるなんて、もしかして、かなりヤバいんじゃない?この案件。
瞬時に、ビビリな俺の息子が、僅かに縮み上がった。
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