第15話 廃病リポート④
腰を抜かすようにマルがしゃがむと同時に、彼の後ろに広がる廊下がパッと明るくなる。さすがカメラマン、こんな状況でもシャッターを押していた。
赤外線カメラを覗く俺には、しゃがんだマルと廊下しか見えない。幽霊は、幽霊はどこだ?!
カメラを振るもの、ズームしてみても、その姿は見えない。だが良い。俺は所詮、見えない奴なのだから。
必死にカメラの画面を覗き込み、考えられるあらゆる物を撮影し続ける。
「・・・あ・・・」
蚊の鳴くような声をマルが発した。
「どうした!大丈夫か!」
「・・・いない」
いないか。ん?いない?!何がいない?
俺はカメラの画面から視線を外し、マルに駆け寄る。
「確かに俺の後ろにいたんだ!見たか?!」
「見てはないが、信じるよ」
「本当なんだ。いたんだよ」
宥めながら、これからどうするか考えた。マルはメンタルダメージを結構受けている。しかし、取れ高は無い。何か写っているかもしれないが、俺には見えないんだもん。
「マル、お前は先にここを出ろ」
「伊藤ちゃんは?」
「せっかくだから、上の階も見てくる」
オレ、カッコイイ。勢いで言ってみたものの、優しいマルならきっと1人じゃ行かせてくれないだろう。そうなれば諦めて帰るしかないな。マルのためにも、俺のためにも。
「分かった。ごめん、俺は外に待機するよ」
あれ?思ってた展開と違う。マルにかこつけて、俺も帰れるはずだったのに。
「でも、一人で外に出られるか?」
「それくらい大丈夫だ。心配かけてすまない。お前は頑張れ」
「でも、階段とか降りていかなきゃ行けないし」
「腰は抜けてないから問題ない。安心して行ってこい」
ええー!予想外過ぎて鼻水出た。アワアワする俺を置いて、マルは1階へと向かって行く。マルー!カムバーック!!
階段を降りる前にマルは振り向いた。やはり俺を心配して戻って来てくれるのか。
「無理すんなよ、伊藤ちゃん」
もう、無理してます。無理しまくってますから。半分白目になりながら、俺はマルを見送った。
下の階からは、話し声がまだ聞こえる。もしかしたら、マルが彼らに俺の存在を伝え、更に手伝うように言ってくれたりするかもしれない。
「よし、行くか」
2階で見られないなら、3階だ。出てきやがれ、首なしナース。
ガンガンと階段を登る。さすがに人の気配が消えてしまうと心細いし、ライトが照らす範囲が心なしか狭くなったように思えた。
3階も2階と同じく、長い廊下を軸に左右に病室があった。
歩いている自分の呼吸さえ耳につく静けさに、俺の中のビビリが顔を覗かせる。やっぱり、怖いものは怖い。
なるべく辺りを見回さないようにして、廊下を進んでいきながら、軽い鼻歌を歌ってみる。
ーーガタン
「ひぃぃ!」
物音に裏声で悲鳴をあげても、誰もフォローしてくれない。
恐る恐る、音のした病室を覗いてみる。床に散らばった瓦礫やゴミの中に、何かが僅かに動いたように見えた。
カメラ!カメラで撮影しなければ。
小刻みに震える手で赤外線カメラのスイッチを入れようとするが、なかなかうまくボタンが押せない。
ハァハァと呼吸が荒くなる。
何かを確認しなければと思うものの、本能がそれを拒みまくる。
何故なら、それはーー人の顔に見えたからだ。
やっとの思いでボタンを押し、俺はそれに向かってレンズを向けた。
「!!」
息が止まる。
赤外線カメラの画面には、折れた木材の奥で髪の毛のようなものがゾロリと動き、木材の影へと消えて行った。
撮れた!もう充分だ。5秒ほどしかない映像だが、これ以上は無理だ!
俺は人生で初めてと言えるほどの全力で、廃病院の出口に向かって駆け出した。
廃病院の出口である入口には、マルが立っていた。
「おい!マル、塩!塩くれ!」
あんなのが憑いてきたら大変だ。俺はマルに粗塩を出すよう訴える。
「出たのか?!塩、塩な」
オロオロしながら、マルはポケットに手を突っ込み、そっと差し出した。
「キッチンを探したんだけどさ。買った粗塩をどこに置いたか思い出せなくて。でもほら、塩だから」
待て待て待て。味塩胡椒って何だよ。塩以外に、味も胡椒も入ってんじゃん。そんなモリモリ入ってたら、幽霊もソテーされるんじゃないかとビックリだろう。
「病は気からっていうだろ」
受け取らない俺に号を煮やしたのか、マルは俺に味塩胡椒を振りかけ始める。
お陰で俺の恐怖心は、消えた。
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