第14話 廃病リポート③

 扉の取手に手をかけると、マルから待ったがかかった。


「赤外線カメラは、お前が持ってくれ」

「お、俺が撮るの?!」

「スマホの方がいいか?」


 お気に入りの新作スマホは渡したくないのか、赤外線カメラを差し出した。やってる事と言ってる事が違うじゃないか。


「ここは、大将の伊藤ちゃんの出番だ」


 よく分からないこじつけをしてくるマルからカメラを受け取り、構えてみる。レックボタンを押せばいいだけだし。


 体勢を整えていると、どこからか音が聞こえてきた。



ーー カリ  カリ



 それは小さなもので、静かにしないと聞こえないくらいのものだ。


「なぁ、何か聞こえる」


 小声でマルに伝えると、耳を澄ませるように動かない。



ーーカリ カリ  カリ



 俺とマルの視線が合う。

 扉の向こうから聞こえている!


 無意識にドアノブから手が離れる。何かがそこにいる。鼓動が早くなり、暑くもないのに額から汗が流れてきた。


「ネズミか?」


 沈黙していたマルが、素っ気ない一言を発した。待て待て、この先には首なしナースがいるかもしれないんだぞ。土気色した指が扉に爪を立てているのかもしれない。


 いや、だったら、むしろ絶好のチャンスじゃないか。


 最高と最悪のケースが混じりあり、混乱してくる。あの人に告白して付き合えたらどうしよう、でも振られたら顔も見られないという甘酸っぱい片思いと同じだ。


 この甘酸っぱさを打破するには、やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい。


「いくぞ」


 マルに視線で合図をし、俺は勢いよく扉を開いた。



 そこにはーー


 

 ゴミが床に散乱した部屋には、突き当たりに壊れたベッドが一つあるだけだ。窓もなく、湿っぽい埃の臭いが漂っている。


 赤外線カメラを覗いてみるが、落ちている空き缶などが鮮明に見えるだけで、変わった物は写っていない。


 音が聞こえなくなっている。


 一歩、足を踏み入れると、ジャリという感覚があった。さらに一歩、また一歩と、俺は部屋の中へと入って行く。


「マル、いないな。期待したんだけどなぁ」


 振り返ってマルを見ると、扉の外で俺をガン見していた。


「どした?」


 幽霊が出ると言われる部屋に、ずがずが入って行った俺の勇姿に見惚れているのか。


「おい、マル!大丈夫か?」


 そこで初めて、俺はマルの異変に気付いた。


 ライトが当たったマルの顔は、脂汗が滲み、テカテカと光を反射している。さっきの俺と一緒、これは冷や汗だ。


「い・・る・・・」


 マルの唇がそう動いた。声は出ていないが、俺には聞こえた。


「どこにだ?」


 俺は周囲をゆっくりと見渡す。部屋の中央にいる俺の近くなのか、部屋の隅なのか。赤外線カメラも併せて見たが、俺には分からない。何処にいるんだ首なしナース。


「マル、指をさせ」


 胸元でスマホを持っていた右手が動く。グッと拳を握りしめたのち、親指が立った。グーッってふざけてんのか。


 そのまま、右腕の筋肉を収縮していく。後ろだ。


 部屋の中ではない。それはマルの後ろにいるのだ。


 俺のヘッドライトに照らされているのは、マルの胸元より上だけだ。マルは、今にも倒れそうなくらい、震えている。迷っている暇もビビッている時間もない。


「マル!しゃがめ!」


 俺は後先考えずに叫びながら、赤外線カメラをそこへ向けた。

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